テクニカル・デスメタルという音楽ジャンルにとって現代メタル全体の情報量の多さ、そして消費される速さはネックでしかない。圧倒的な演奏技術の高さがあれば必ず評価されるとは限らず、その高いスキルに加え、毎週何百枚とリリースされるメタル・アルバムの中でリスナーやメディアに引っかかるキャッチーさ、ソーシャルメディアでのプロモーション戦略などを兼ね備えていなければ、数ヶ月後には誰も覚えていないし聴かれるチャンスを完全に失うということだってあり得る。

例えばデスコアは、ブレイクダウンのリアクション動画などが数秒でスワイプされていくTikTokなどの縦動画と相性が良く、ジャンルの成熟と現在ソーシャルメディアのトレンドのタイミングがハマって、スタジアム級のステージで演奏するデスコア・バンドが続々登場するほどの盛り上がりを見せている。テクニカル・デスメタルもArchspireのようにソーシャルメディアと相性の良いバンドはジャンルの壁を超えて評価されているが、大体のテクニカル・デスメタルは、数秒の動画では切り抜くことが出来ない魅力を追求していて、アンテナを張っていないと見逃してしまうような情報が多い。テクニカル・デスメタルに特化したソーシャルメディアのインフルエンサーみたいなのがいればいいが、彼らが必要とする情報需要に供給は追いつかないのが現状だろうか。

テクニカル・デスメタルは、次のアルバムまで数十年のブランクが空くなんてザラで、ずっとスタイルを変えず同じことをやり続けているバンドが普通にいる。TikTokもインスタもやってなければ、ミュージックビデオもないなんて珍しいことではない。そういうところをインフルエンサー達はしっかり見ていて、テクニカル・デスメタルの領域に踏み込んでこないのかもしれない (あくまで憶測だが)。

ただ、テクニカル・デスメタルのそういう不器用なところが嫌いじゃないし、別にダサいことじゃない。テクニカル・デスメタルでリッチになりたいと思っているミュージシャンなんてほとんどいないし、毎日違う国で何万人もの前でライブをするためにやってる訳でもない。テクニカル・デスメタルをやってるミュージシャンにとっての最大の目的は「持てる全ての技術を使って、自分たちの作りたい作品を作る」ことだ。テクニカル・デスメタル・リスナーもテクニックの博覧会だけを期待しているだけでなく、歴史の蓄積やメンバーラインナップの変遷なども調べて、とことん作品を味わいたいと思っている。アルバムを何度も何度も聴いて楽しみたいと思っているはずだ。この音楽は決して時代に合わせなくていい音楽だと思う。これだけたくさんのバンドがいるんだから、テクニカル・デスメタルはテクニカル・デスメタルに合わせた時間軸でシーンが動き続けていればいい。

2023年の上半期は、そんなテクニカル・デスメタルをコアに楽しむために聴いておきたい作品がいくつもリリースされたので、紹介していく。Cattle Decapitationはリリースされてすぐに投稿しようと記事を作成していたが、タイミングを逃してしまったので他より異常に長いが、まだ書ききれない魅力があると思っている。

Cattle Decapitation『Terraside』

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カリフォルニア・サンディエゴの巨匠 Cattle Decapitation の、前作『Death Atlas』からおよそ3年振りとなる通算10枚目のフル・アルバム『Terraside』はMetal Blade Recordsからリリースされた。本作のプロデュースは、AllegaeonやArchspire、Cephalic Carnage、The Zenith Passage、Wakeなどを手掛けるDave Oteroで、前作から引き続き共にスタジオワークを行なっている。

アルバム・タイトルの『Terrasite』は“terra-” (ラテン語 = “earth”) + “-sitos” (ギリシャ語= “food”)の造語で、アルバム・カヴァーにも登場する地球を喰らうクリーチャーを意味する。環境への負荷を続けてきた人間が荒廃した世界にこの姿で転生し、いよいよ地球を滅ぼす存在として悪行の限りを尽くす様を表しているそうで、これまでも多くの仕事を共にしたWes Benscoterが担当している。また、上記のCattle Decapitationが長年掲げてきたコンセプトとは別に、2022年4月に急逝した元メンバー Gabe Serbian への追悼の意も込められている。

前作はかなり賛否両論を巻き起こした。テクニカル/プログレッシヴでブルータルなスタイルで反人間中心主義をテーマに環境問題をテーマに取り組んできた彼らが、メロディック・デスメタルへと接近したからである。クリーンパートが導入された楽曲は、シンガーTravis Ryanの新たな魅力の一つと捉えた人もいたが、彼らにそれを期待していないデスメタル・リスナーからはバッシングを喰らっていた。Cattle Decapitationにそれは必要ない、と。

今回もメロディックであるものの、テクニカル/プログレッシヴ・デスメタルを基調としつつ、ブラックメタルのアトモスフィアを取り入れながら、シャープで切れ味鋭いリフをキーとしており、比較的長年のCattle Decapitationリスナーには聴きやすいと思う。ただ、彼らにクリーンパートを求めていないとするなら、「Terrasitic Adaptation」といったアルバムのリードトラックは微妙かもしれない。ただ、「The Insignificants」や「…And the World Will Go on Without You」といったアルバム中盤の楽曲はクラシックなCattle Decapitationの魅力が詰まった楽曲で、頭の楽曲だけで判断せず聴いてみて欲しい。特に「…And the World Will Go on Without You」、「We Eat Our Young」はグラインドな展開の妙にニヤリとしてしまう。

そしてやっぱり歌詞が凄まじい。ここ数年、メンタルヘルスに関する曲ばかりがメタル、特にメタルコア・シーンで増えている。いくつか素晴らしい歌詞があるし、精神疾患が重大な疾患であることは、私も指定難病を持っている身として感じているが、自分たちが生きているこの糞のような社会がどうにかならない限り、人は病み続けていくと思う。

どれだけメンタルヘルスに気を使ったとしても、地獄のような生活をしていたらそれは変わらない。環境保護と経済的な成長を両立させることはこの地球の長年のテーマであるが、Cattle Decapitationは愚かな人間の自己中心的な考えを否定し続け、警鐘を鳴らし続けている。「We Eat Our Young」の歌詞で印象的なフレーズである「Own world we obliterate (=自分たちの世界は自分たちで消し去る)」は、このアルバムを端的に表していて、それはアートワークからもふんわりと感じられるはずだ。この人間中心の地球の行く末、最悪の結末に向かって何も変わらない社会へのヘイトは相当のものであり、それは単なる怒りをぶちまけたものでなく、歌詞としての世界観の芸術性も高く、非常に素晴らしいと思う。ヴィーガン・デスメタルは真っ赤な怒りで塗り固められたものだけでない。その怒りを表現する手段として、彼らはテクニカル・デスメタルを武器にしている。

 

Sleep Terror 『Railroad To Dystopia』

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前作『Above Snakes』から2年という短いスパンでリリースされた本作は、Luke JaegerとMarco Pitruzzellaというタレント性の高いミュージシャンの創造性に限界がないことを証明した、今まで聴いたことのないテクニカル・デスメタルに仕上がっている。カウボーイハットを被った骸骨が印象的なアートワーク、そしてアルバムタイトルからも彼らが目指す路線ははっきりしており、サウンドにもハーモニカ、バンジョー、スチールギターの音色を巧みに絡めながら、これまで誰も作り上げることのできなかったカントリー・ミュージックとテクニカル・デスメタルのクロスオーバーを右とに実現している。

Anachronism 『Meanders』

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2009年スイス・ローザンヌで結成。本作までに2枚のフル・アルバムを発表、本作は女性ギター/ボーカルLisa Voisard、ギタリストManu Le Bé、ベーシストJulien Waroux、ドラマーFlorent Duployerの4人体制でレコーディングを行った。いわゆる「Dissonant Death Metal」に分類される彼らは、ドゥーミーに展開される楽曲に不気味なメロディの霧をしっとりと燻らせながらAnachronismのテクニカル・デスメタルへ聴くものを誘っていく。静かにうねりをあげるドラミングにも注目だ。

 

Metasphæra 『Metasphæra』

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Beyond CreationEquipoiseでの活躍で知られるベーシストHugo Doyon-Karoutを中心に、ギター/ボーカルTom Heckmann、ギタリストMatthias Wolf、ドラマーJohannes Jochsが集まり始まったMetasphæraのデビュー作。プログレッシヴなリフ映える神秘性の高いメロディック・デスメタルの中で、強烈な煌めきを放つHugoのベースラインが神がかっている。フレッドレス・ベースのクラシカルな響きは、20年代のテクニカル・デスメタルにとって非常にスタンダードなもので、Metasphæraを筆頭に驚くべき才能を持ったニューカマーがこの後も控えていると思うと、テクニカル・デスメタルの未来は明るいなと感じる。

 

Gorod 『The Orb』

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Overpowered Recordsを離れ、自主制作でリリースした7枚目フルレングス。前作『Æthra』で、これまでのスタイルとは違ったジャズ、プログレからの影響を多分に盛り込んだサウンドを作り上げたGorod。更にプログレッシヴの領域へと踏み込み、王道のテクニカル・デスメタルのスタンダードからはかけ離れた境地へと辿り着いた。アルバムのリードトラックでありミュージックビデオにもなっている「The Orb」では、長年のキャリアで培った絶妙なバランス感覚で芸術的なグルーヴを巻き上げていくGorodの現在地を耳から、そして目から感じることが出来るだろう。

 

Hellwitch 『Annihilational Intercention』

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19年振りのアルバムとなった『Omnipotent Convocation』から14年……。本作はPat、J.P.に加え、26歳のドラマーBrian Wilsonを迎えトリオ編成で制作され、地元のプロデューサーJeremy Staskaと共にレコーディングを行なった。デスメタルの進化に抗うかのように、自身のスタイルを全く崩すことなく不気味でクラシックなテクニカル・デスメタルをプレイ。オープニングを飾る「Solipsistic Immortality」から壮絶なテンポチェンジを炸裂させ、誰もがどのようなエンディングを迎えるのか予想不可能なスリルを味わうことが出来る。収録曲「Delegated Disruption」のミュージックビデオが公開されているが、このヴィジュアル、ボーカル、全てが最高としか言いようがない。

Celestial Scourge 『Dimensions Unfurled』

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2022年からノルウェーを拠点に活動を開始した超若手。本作は同郷のデスメタル中堅Blood Red ThroneのドラマーKristofferとベーシストStian、FilthdiggerのボーカルEirik、ゲスト・ギタリストとしてWormholeやEquipoiseで活躍するSanjay Kumarが参加しレコーディングしたデビュー作だ。きめ細やかなドラミングと次第に存在感を増すベースライン、バランス良く配置されたスラム・パートが上質な作りの良さを浮き彫りにする。「Moon Dweller」で顔を覗かせるスラッシュ・メタルからの影響も見逃せない彼らの魅力だろう。

 

Triagone 『Sem Papyrvs』

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2019年ベルギー・ブリュッセルで結成。女性ボーカリストLoreba Moraes、ボーカルも兼任するギタリストのLou-IndigoとLucas、ベーシストLéo、ドラマーLorenzoの4人で制作された本作は、彼/彼女らのデビュー作。終始ミドルテンポで押し続けるスタイルでありながら、奇想天外なリフとドラムパターンが蠢き続けるのがTriagone流。共にリードボーカルを取るLorebaとLou-Indigoの掛け合いも独特。収録曲「Ad Mortem Sem Papyrvs」はMVになっており彼らの特性を視覚的に感じられる。

 

Carnosus 『Visions Of Infinihility』

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2011年スウェーデン・エーレブルーで結成。ボーカルJonatan Karasiak、ギタリストのMarcus Jokela NyströmとRickard Persson、ベーシストMarcus Strindlund、ドラマーJacob Hednerで、デビュー作『Dogma of the Deceased』から3年を経て本作を完成させた。メロディックなリフを追随するかのようなガテラルは時に人間離れしたデモニックなシャウトも交え存在感抜群。初期はデスラッシュをやっていたことも感じられる、最新型Carnosusの名刺代わりとも言える快作。

 

Cause N Effect 『Validation Through Suffering』

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フランスのHenkerに在籍していたギター/ボーカルStef、Human VivisectionのベーシストSonny、ドラマーDriesによるトリオのデビュー作 (バンド自体はベルギーを拠点としているそうだ)。デスコアの影響を感じさせるダンサブルな2ステップ・パートやブレイクダウンを交えながら、超絶技巧のタッピング・フレーズやプログレッシヴなアトモスフィアなども組み込んだハイブリッドなスタイルだが、すっきりとしたサウンドプロダクションでアルバムとしての完成度は高い。Deeds of FleshからArshspireまで飲み込み昇華した新世代テクデスのダークホース的存在と言えるだろう。

 

Moloch 『Upon The Anvil』

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2012年ミネソタ・ホプキンズで結成。ギター/ボーカルのRick Winther、フレッドレスベーシストBen Peterson、ドラマーErik Sullivanのトリオ編成を取り、デビューEP『Cleansed by Fire』から8年の時を経て本作を完成させた。弦楽器陣を置いてけぼりにするように猛進を続けるドラミングの重々しさになんとか食らいつくデスメタリックなリフ、その様相はまるで戦争のように忙しなく、ダークだ。さりげない存在感でネオクラシカルの香りをまとわせるBenのプレイも時に感情剥き出しに暴れ回るので面白い。

 

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