
現在Turnstileでギターを担当しているMeg Mills。しかし、彼女は突然巨大なステージへ現れたミュージシャンではない。
イギリスのハードコア・シーンでBig Cheeseを立ち上げ、Chubby and the Gangでも活動し、観客としてTurnstileを見ていた時代から、同じステージに出演するバンドへ。そして最終的にはBrendan Yatesから直接連絡を受け、Blink-182との約3カ月に及ぶアメリカ・ツアーへ参加することになった。
Knotfestのポッドキャスト「SHE’S WITH THE BAND」Episode 58では、Meg Millsが自身の音楽的な原点、リーズのハードコア・シーン、DIYツアー生活、Turnstileに参加するまでの経緯、巨大なアリーナへの適応、ハードコアとメインストリームの関係などについて詳しく語っている。
現在の姿だけを見れば華やかに映るかもしれない。しかしその背景には、窓もない地下室でのバンド練習、経済的に厳しい状態で続けたツアー、知らない人の家の床で眠った日々など、長いDIYハードコアでの経験があった。
- 1 リーズのハードコア・シーンに惹かれて19歳で移住
- 2 暗い地下室から始まったBig Cheese
- 3 My Chemical Romance、Paramore、The Damned――ハードコア以前の音楽的ルーツ
- 4 ギターを始めるきっかけになった映画『Freaky Friday』
- 5 仕事に意味を感じられなかった時期、ハードコアが「光」だった
- 6 Chubby and the Gang、そして「フルタイムのミュージシャン」になるまで
- 7 ホテルではなく床で眠る――DIYツアーで得たもの
- 8 Brendan Yatesから突然届いた「ギターを弾かない?」という連絡
- 9 Turnstileでの初ライブはいきなり約15,000人のアリーナ
- 10 「歴史的な瞬間にいる」と感じるTurnstileのライブ
- 11 初めてのアジアツアー、日本は「今まで行った中でも最高の場所の一つ」
- 12 Turnstileの激しいライブへ身体を適応させる
- 13 「ゲートキーピングはシーンを生かさない」
- 14 Turnstileがハードコアへの「入口」になっている
- 15 地下室からBlink-182の巨大プロダクションへ
- 16 失敗を引きずらず、「次はもっと準備する」
- 17 Big Cheeseと、自身の新しい音楽も続いていく
- 18 一人のTurnstileファンから、その歴史の一部へ
リーズのハードコア・シーンに惹かれて19歳で移住
Meg Millsはロンドン出身だが、19歳頃にリーズへ移り住んだ。
その理由の大きな一つがハードコアだった。当時のリーズについてMegは、自分が好きだったハードコア・バンドが集まっている場所だったと振り返っている。
約10年前のリーズでは、The Flex、Higher Power、Shrapnelなどのバンドが登場し始め、イギリスだけでなくヨーロッパ各地から人々がライブへ訪れていた。Megによれば、街自体はそれほど大きくなく、自分たちで楽しみを作らなければならない環境だったことも、音楽シーンが発展した理由の一つだったのではないかという。
この時点のMegは、まだ中心的なバンドのメンバーとして活動していたわけではなく、一人の観客だった。
しかし2015~2016年頃、「Sick Of It AllやRest In Piecesのようなバンドをやりたい」と考え、自分から仲間を集める。それがBig Cheeseの始まりだった。
暗い地下室から始まったBig Cheese
Big CheeseはMegとボーカルのTomを中心にスタートした。Megがリフを書き、当時Higher Powerで活動していたLouisとAlexらが加わり、最初の練習はThe Flex周辺のメンバーが暮らしていた家の地下室で行われた。
そこは窓もなく、湿っぽいコンクリートに囲まれ、決して設備の整ったスタジオではなかったという。しかしMegは、そうした場所だからこそ重要だったとも振り返っている。
小さな地下室や自主運営の会場から生まれたバンドが、後に世界中で知られるようになる。その起点となった場所には、外側から見ただけでは分からない価値がある。
Meg自身も最近その家の前を通り、「自分の人生の方向を大きく変えたものが、ここで生まれたんだ」と感じたという。
My Chemical Romance、Paramore、The Damned――ハードコア以前の音楽的ルーツ
Megが音楽へ強く惹かれるようになったのは、さらに幼い頃だった。
12~13歳頃にはKerrang!やScuzzなどの音楽チャンネルを見ながら、My Chemical Romance、30 Seconds To Marsなどを発見。Paramoreも大好きで、12~13歳頃に購入した最初期のCDの一つだったという。
その後The Smithsを聴き、70~80年代のブリティッシュ・ニューウェーブやパンクへ進み、The Damnedがお気に入りのバンドとなった。
そこからさらに2010年代前半の新しいイギリスのハードコアへとつながっていく。ロンドンのカムデンにあるUnderworldでThe Rival Mobを観た経験もあり、興味深いことにMegが初めてTurnstileを見たのも同じ会場だった。
当時はメンバーと知り合いだったわけではない。純粋にTurnstileを観に来た一人のファンだった。
ギターを始めたのは10~11歳頃。Megは10代を通して、インディーロックからMidwest Emoまで「ギター・ミュージック」と呼べるものを幅広く聴いていたと話している。
ギターを始めるきっかけになった映画『Freaky Friday』
意外な原点として登場するのが映画『Freaky Friday』だ。
Megは9~10歳頃に同作を観て「脳の構造を変えられたような作品」と冗談交じりに表現している。特に強烈に記憶に残ったのが、女性がバンドでギターを弾き、ソロを演奏する姿だった。
地下室でバンド練習をする場面を見て「自分もこうなりたい」「ロック・ガールになりたい」と思い、親にギターを弾きたいと頼むようになったという。
後にハードコア・シーンへ進むMegにとって、最初に「女性がギターを持ってロックバンドで演奏する姿」を具体的に想像させてくれた作品の一つが『Freaky Friday』だった。
メタルやハードコアだけを聴いて育ったわけではなく、ポップカルチャーから受けた影響も隠さず語っている点は、Megの音楽に対する考え方をよく表している。
仕事に意味を感じられなかった時期、ハードコアが「光」だった
リーズへ移った当時、Megは決して順調な音楽人生を送っていたわけではない。本人は当時について、将来につながるように感じられない仕事をしながら生活しており、日常はかなり暗かったと振り返っている。
その中で大きな支えになったのが、週末にTemple Of Boomへ行くことだった。
自分のバンドで演奏する。ライブを観る。他のバンドのイベントを企画する。「自分は何をしているんだろう」と感じる日常の中でも、一日の終わりにはライブがある。それが人生に意味を与えるような存在だったという。
Big Cheeseはデモや7インチを発表し、ライブ活動を拡大。ロシアではモスクワ、サンクトペテルブルクでも演奏し、2018年にはTurnstileのイギリス・ツアーをサポートした。最初はTurnstileを観客として見ていたMegが、数年後には自分のバンドで彼らと同じツアーを回るようになっていた。
Chubby and the Gang、そして「フルタイムのミュージシャン」になるまで
Big Cheeseのメンバーはそれぞれ他の活動も抱えており、常に精力的にツアーできるバンドではなかった。その後MegはChubby and the Gangにも参加し、2作目ではベースを演奏してレコーディングにも参加した。
ロックダウン後、Chubby and the Gangで最初に演奏したライブはDownload Pilot。そこから約1年半にわたり、かなり継続的なツアー生活へ入っていった。
しかし「音楽だけで生活する」までの道のりは簡単ではなかった。
ツアーが多すぎて一般的な仕事を維持することが難しくなり、公的支援を受けたり、わずかな収入をつないだりしながら生活した時期もあったという。それだけ犠牲を払っても、最終的に音楽で生活できる保証はない。
それでも「いつかこれがフルタイムの仕事になるかもしれない」という可能性を信じ、非常に少ないお金で生活しながら活動を続けた。
ホテルではなく床で眠る――DIYツアーで得たもの
Megは、ハードコア・バンドで活動してきた人なら経験することとして、ヨーロッパ・ツアーで毎晩誰かの家の床に泊まったり、ときには犬用ベッドで寝たりするような生活についても語っている。
快適でも豪華でもない。
本人も振り返れば「そのときは普通に苦しんでいた」と認めている。
しかし、その経験があるからこそ生まれる関係もあった。
何週間も一緒に移動し、知らない土地で床に眠り、予想もしない状況を一緒に経験した仲間とは、生涯続くような結びつきが生まれる。そして各地で受けた人々からの親切によって、コミュニティや人間そのものへの信頼が強くなったという。
後にTurnstileの巨大なツアーへ参加するMegも、その出発点では「泊めてくれる人はいないか」と友人へ連絡しながらヨーロッパを回るDIYミュージシャンだった。
Brendan Yatesから突然届いた「ギターを弾かない?」という連絡
そして話はTurnstileへつながっていく。
Big Cheeseが2018年にTurnstileをサポートしたことでメンバーと知り合い、その後も連絡を取り続けた。Chubby and the Gangでも2022年のTurnstileのイギリス公演をサポートしている。
その後Chubby and the Gangでの活動が終了し、Megが再びツアーへ出たいと考えていた頃、Brendan Yatesと話す機会があった。「とにかくツアーへ行きたい」と話したことをBrendanは覚えていた。
それから約5カ月後、突然メッセージが届く。
「Turnstileでギターを弾くことに興味はある?」
というものだった。
Megは驚きながらも、ほぼ即答で参加する意思を伝えた。
さらにBrendanから知らされた最初の大仕事が、Blink-182との約3カ月間に及ぶアメリカ・ツアーだった。
あまりに大きな話だったため、Megは実際にアメリカへ向かう飛行機へ乗るまで、自分が本当にツアーへ参加するとは信じないようにしていたという。
周囲にもほとんど話さなかった。
誰かに「Blink-182とツアーする」と言ってしまえば、何かが起きて話自体がなくなってしまうのではないかと感じていた。
ビザが発行され、航空券を持ち、空港まで来たところで初めて「これは本当に起きるんだ」と実感した。
Turnstileでの初ライブはいきなり約15,000人のアリーナ
ツアー開始の約2週間前、Megはボルチモアへ渡り、Turnstileの練習場所でリハーサルを行った。
そして最初のライブはミネソタ州セントポール。
会場は約15,000人規模のアリーナだった。
それまでDIYハードコアや小~中規模の会場を中心に活動してきたMegにとって、環境はまったく異なっていた。
しかも最初の公演では照明の設定に問題があり、ステージ上へ最大出力に近い光が直接向けられていた。あまりに眩しく、演奏中に自分のアンプが見えず、つまずいてしまったほどだったという。
Megはその時点では、それが巨大アリーナで毎晩経験する普通の状態だと思っていた。
「これに慣れないといけないのか」と考えながらライブを終えたところ、実は他のメンバーも「今日の照明は何だったんだ」と感じており、通常の設定ではなかったことを知る。
そこでMegは逆に、「これを乗り越えられたなら、残りのツアーは大丈夫」と思えたという。
「歴史的な瞬間にいる」と感じるTurnstileのライブ
Turnstileのセットで特に好きな瞬間を聞かれたMegは、「ENDLESS」の終了部分を挙げている。
曲が突然終わり、すべての照明が完全な暗転へ入る。
その瞬間、毎回「これは歴史的なことなんじゃないか」という感覚になるという。
Turnstileがハードコアというジャンルに与えている影響や、自分たちが出演しているライブの規模を考えると、現在進行形で特別な瞬間を経験しているように感じる。
Meg自身はその状況について「自分はただ一緒に乗せてもらっているだけ」と謙虚に表現しているが、実際には幼い頃からギターを弾き、DIYハードコアで長い時間を過ごしてきた彼女自身も、そのステージを構成する一人になっている。
初めてのアジアツアー、日本は「今まで行った中でも最高の場所の一つ」
インタビューの直前には、Turnstileとしてタイ、インドネシア、日本、韓国を巡るアジア公演も経験していた。Megにとってアジアを訪れるのは初めてだった。
タイへ到着した際には夜行便の後にもかかわらず、眠るより街を見たいという気持ちが勝り、一人でボートに乗ったり寺院を巡ったりして一日中観光していたという。
ツアー中でもホテルにじっとしていることが難しく、可能な限り外へ出て、その土地を体験したくなるタイプだと話している。
その中でも特に気に入った場所として挙げたのが日本だった。
「日本は今まで行った中でも最高にクールな場所の一つ」と話し、街中で多くの人がバッグにつけているキャラクターのキーホルダーなどにも注目。「日本はtrinkets(小物)の国」と表現し、自身も同じように小物をバッグにつけるようになったという。
Turnstileの激しいライブへ身体を適応させる
Turnstileのライブは非常に運動量が多い。
Megも参加当初は、数公演を経験するまで自分がステージ上でどこまで動けるのか分からなかったと話している。
演奏しながら動き続けるためのスタミナを作ることは、本人によればワークアウトに近い。楽曲を確実に演奏する自信を身につけることに加え、広いステージで自分がどこを動くべきなのかを理解するまでにも時間が必要だった。
さらに、すでに完成されているTurnstileのステージ上の「流れ」の中で、自分の居場所を見つけなければならなかった。
しかし何度も一緒に演奏するうちに、他のメンバーが次に何をするのかを予測できる、ほとんどテレパシーのような感覚が生まれてくるという。
「ゲートキーピングはシーンを生かさない」
インタビューの中でも特に興味深いテーマとなったのが、Turnstileとメインストリームの関係だ。
Turnstileはハードコアをルーツに持ちながら、現在ではヘヴィ・ミュージックとは直接関係のないフェスティバルや巨大なポップ/ロック・アーティストとのツアーにも出演している。
Megは、この状況を非常に肯定的に見ている。
その一例として挙げたのが、マイアミで開催されたヒップホップ・フェスティバルRolling Loudだった。
Turnstileが出演するまでどのような反応になるのか予測できなかったが、実際には観客の至るところでサークルピットが発生し、一部のヘヴィ・ミュージック系フェスティバル以上に激しくモッシュする観客もいたという。
Megは現在について、異なるサブジャンルの境界を越えた交流をリスナーがこれまで以上に受け入れている時代ではないかと考えている。
そして、ハードコアを外部の人間から守ろうとするゲートキーピングについても否定的だ。
若い頃には、自分自身もハードコアを特別で神聖なもののように感じ、守りたいという気持ちがあったと認めている。
しかし現在は、「ゲートキーピングは、その文化が生き続けることを止めてしまうだけ」と考えている。
閉じたコミュニティが新しい人を拒絶し続ければ、最終的には人が来なくなり、ライブハウスが閉まり、シーンそのものが消えてしまうこともある。
一方、DIYシーンで長年活動し、その価値観を実際に経験してきたバンドが、より大きな観客をその世界へ連れてくるのであれば、それは素晴らしいことだという。
Turnstileがハードコアへの「入口」になっている
Megは実際に、普段はPost MaloneやImagine Dragonsなどを聴いている人のSpotifyに、ヘヴィなバンドとしてTurnstileだけが混ざっているような例も目にしているという。また、Spotifyのインディー系プレイリストからTurnstileを知ったというリスナーもいる。
Megはこれについて、Turnstileのソングライティングや創造性の証明ではないかと考えている。
最終的にはハードコア・バンドでありながら、さまざまな音楽から細い糸のように要素を取り込み、一つのサウンドへ織り込んでいる。
だからこそ、それまでハードコアを聴いていなかった人にも入口を作ることができる。
Turnstileをきっかけに別のハードコア・バンドを聴く人が増えれば、その成功は一つのバンドだけに留まらず、周囲のシーンにも広がっていく可能性がある。
地下室からBlink-182の巨大プロダクションへ
MegにとってTurnstile加入後に大きく変わったことの一つが、ライブ制作の規模だった。
以前は自分のギターアンプすら所有せず、その日の会場にある機材を借りたり、誰かからアンプヘッドを借りたりしながら演奏していた時期が長かった。
それが現在では、イヤーモニター、クリック、バックトラック、巨大な照明、LEDスクリーンなど、大規模なツアーを成立させるためのシステムを目の前で見るようになった。
特にBlink-182とのツアーでは、毎日巨大なステージが組み立てられ、多くのスタッフが公演を動かしている姿を間近で体験した。
MegはTurnstile自体については、こうした巨大ツアーの中では比較的シンプルな構成だと考えている。照明には大きなこだわりがあるものの、その中心にあるのはあくまで「バンドが音楽を演奏すること」だという。
窓のないリーズの地下室から、数十人のスタッフが一つのバンドを支えるアリーナ・ツアーへ。
Megのキャリアの変化を最も分かりやすく示す部分でもある。
失敗を引きずらず、「次はもっと準備する」
キャリア初期で最も大きな失敗は何だったかという質問に、Megは明確な出来事を思い出せないと答えている。
しかし、それには理由がある。
ライブを終えて「今日は自分ができる演奏より良くなかった」と感じることはある。それでも、その失敗を自分の中で必要以上に大きくしないようにしているという。
できなかったのであれば、次回もっと準備する。
それだけのこととして処理する。
失敗を「もう自分にはできない」と思う材料にしてしまえば、自信そのものを破壊してしまうからだ。
長いDIYツアー生活を経て、突然15,000人のアリーナへ立つという環境の変化にも対応できた背景には、このような考え方もあるのかもしれない。
Big Cheeseと、自身の新しい音楽も続いていく
Turnstileでの活動だけがMeg Millsの音楽人生ではない。
インタビューの最後ではBig Cheeseのライブ予定に加えて、自身が進めている別のレコードについても語っている。
インストゥルメンタル部分は2021年にすでに録音されており、最近になってボーカル制作を進めているという。
音楽的には初期PJ Harveyから強い影響を受けた作品を目指しており、フォーク、グランジ、ブルースなどを混ぜたロックに、スライドギターも取り入れている。
ハードコアだけでなく、幼い頃から幅広い「ギター・ミュージック」を聴いてきたMegらしいプロジェクトと言える。
一人のTurnstileファンから、その歴史の一部へ
Meg Millsのこれまでを並べてみると、現在のTurnstile参加へつながる出来事は一つだけではない。
10歳頃、『Freaky Friday』を観てギターを弾きたいと思った。
10代でMy Chemical RomanceやParamore、The Damnedを聴き、やがてハードコアへ辿り着いた。
ロンドンのカムデンにあるUnderworldでは、一人のファンとしてTurnstileを観た。
19歳でリーズへ移り、地下室でBig Cheeseを始めた。
2018年にはそのBig CheeseでTurnstileのツアーをサポートした。
Chubby and the Gangでも再びTurnstileと共演し、Brendan Yatesとの関係が続いた。
そして「またツアーへ行きたい」と話した数カ月後、Brendanから「ギターを弾かないか」という連絡が届いた。
最初に待っていたのは、小さなクラブツアーではなくBlink-182と回るアメリカの巨大アリーナだった。
こうして振り返ると劇的なサクセスストーリーに見えるが、その間には、仕事を続けられないほどツアーへ出ながらわずかな収入で生活した時期や、誰かの家の床を借りながら各地を回った年月が存在する。
Meg自身は、Turnstileが現在経験している巨大な瞬間について「自分はただ一緒に乗せてもらっている」と話す。
しかし、一人のファンとしてTurnstileを見ていた人物が、十年以上ハードコア・シーンで活動を続け、そのステージに立つところまで辿り着いた。
その歩みそのものもまた、DIYハードコアのコミュニティから世界規模へ成長した現在のTurnstileを取り巻く物語の一部と言えるだろう。
参照元動画
Knotfest「SHE’S WITH THE BAND Episode 58: Meg Mills (TURNSTILE, BIG CHEESE)」