
テクニカル・デスメタル・バンドArchspireで、驚異的なスピードのボーカルを披露するOliver Rae Aleron。その特徴の一つが、息を吐きながら発声する一般的なエクストリーム・ボーカルだけでなく、息を吸いながら声を出す「インヘイル (吸い込む)」を組み合わせていることだ。
YouTube動画「Archspire’s vocalist teaches me his insane inhale technique」では、Oliverが実際にインヘイルの発声方法を実演しながら、呼吸、喉の状態、舌の位置、高音と低音の作り分けなどを解説している。
Oliverはディジュリドゥ (オーストラリア先住民アボリジニの伝統的な管楽器で、世界最古の金管楽器の一つ)の演奏からサーキュラー・ブリージング (*循環呼吸。息を吐きながら同時に鼻から息を吸い、音や演奏を途切れさせずに出し続ける管楽器などの特殊な奏法)を身につけ、それをボーカルにも取り入れているという。
エクスヘイル (吐き出す)とインヘイル (吸い込む)を切り替えることで、ほとんど途切れることなくボーカルを続けられることが、Archspireの異常なまでに高速なボーカル・スタイルを成立させる要素の一つになっている。
ただし、動画の中でOliverが繰り返し強調しているのは「強く吸い込むこと」ではない。
むしろ重要なのは、その反対にある「リラックス」だった。
- 1 まずは声を出す前に「呼吸」を整える
- 2 インヘイルは「大量の空気を一気に吸う」ものではない
- 3 基本形は「O」の口と、後ろへ引いた舌
- 4 低音と高音では「舌の形」が大きく変わる
- 5 高音と低音を同時に鳴らすこともできる
- 6 「喉で作ろうとしすぎない」
- 7 「Red Goliath」ではコーラス部分をインヘイルで歌っている
- 8 「引っかき傷」のような感覚があれば問題かもしれない
- 9 横隔膜が震えるほど頑張るより、まず「楽に出せる状態」を探す
- 10 Oliverが何度も繰り返した最大のポイントは「リラックス」
- 11 ライブ中は「歌詞を覚える」のではなく、頭の中で映像にする
- 12 Archspireの異常なボーカルは「力」だけで作られているわけではない
まずは声を出す前に「呼吸」を整える
Oliverが最初に行うのは、いきなりインヘイル・スクリームを出すことではない。
ウォームアップとして紹介しているのが、一般的なボックス・ブリージングに近い呼吸だ。
鼻から息を吸い、腹部や横隔膜周辺まで十分に膨らませる。その状態を少し保ったあと、口からゆっくり息を吐き切る。
本人は横隔膜周辺を意識的に膨らませることで、そこから発声するための力を得やすくなると説明している。
しかし、それ以上に重要なのが上半身を硬くしないことだという。
インヘイルでは喉周辺を力ませず、身体をリラックスさせることが重要になる。Oliverは「呼吸はあらゆることに役立つ」と話し、まず身体全体を落ち着いた状態へ持っていくところから練習を始めている。
インヘイルは「大量の空気を一気に吸う」ものではない
「息を吸いながら叫ぶ」と聞けば、大きく空気を吸い込むような発声を想像するかもしれない。
しかしOliverの説明は逆だ。
強く息を吸い込む必要はなく、身体をリラックスさせながら、非常に細い空気の流れを喉の中で共鳴させる。
Oliverは、完全な吸気と呼気のどちらかへ大きく振り切るのではなく、その中間に浮いているような感覚として説明している。
その小さな空気の流れを維持できるようになると、そこから力を加えたり、高音や低音へ変化させたりできる。
最初から最大音量を出そうとするのではなく、まず空気が共鳴する場所を探すことが基本になるという。
基本形は「O」の口と、後ろへ引いた舌
Oliverが最初に実演する基本的なインヘイルでは、口を「O」のような形にする。
舌は後方へ引き、その両側を通すような感覚で非常にゆっくり空気を取り込む。
ここでもポイントになるのは、一度に大量の空気を入れないことだ。
Oliverは、最初から高音も低音も完璧に出そうとする必要はないと説明する。まず自分が自然に出しやすい音域を見つけ、口と舌の形を確認しながら、力まず安定した音を作る。
動画内で実際に挑戦した側も、最初は高めの音が出やすい状態だった。そのためOliverは、空気量を制限したまま、もう少し低い共鳴位置を探すよう指導している。
低音と高音では「舌の形」が大きく変わる
Oliverのインヘイル解説で特に興味深いのが、音程を変える際の舌の使い方だ。
低い音を作る場合、胸を広げる感覚を持ちながら、舌をトンネルやチューブのような形にする。
一方、高い音では舌の両側を歯へ押し当て、舌先と歯の間に非常に小さな隙間を作る。
この隙間によって、笛のような高い音程を発生させるという。
実際、Oliverは身体側の発声を大きく変えなくても、舌の位置だけを変化させることで音程を上下させている。
インヘイルの高音について本人は、かなり「口笛」に近い仕組みとして説明している。
高音と低音を同時に鳴らすこともできる
さらにOliverは、高い笛のような音と低い共鳴音を組み合わせることで、二つの音程が同時に鳴っているようなサウンドも実演している。
口の前方では舌と歯の小さな隙間から高音を作りながら、身体側では低い共鳴を維持する。
結果として、一つの声でありながら高音と低音が重なったような異様な響きになる。
Archspireのボーカルが単純な低音ガテラルや高音スクリームだけでは説明しにくい理由の一つは、こうした細かな音色の操作にあるのかもしれない。
Oliver自身も、身体全体を大きく変えるというより、舌を動かすことでさまざまな響きを作り分けている。
「喉で作ろうとしすぎない」
動画での練習中、挑戦者はインヘイルの振動を強く喉に感じていた。
それに対してOliverは、エクスヘイル・ボーカルを覚え始めた頃と似ていると説明している。
初心者はどうしても「喉から音を出している」感覚が強くなる。しかし慣れるにつれて、口や胸など別の場所に共鳴を移していくことができる。
Oliverはインヘイルでも同様に、喉の一点だけへ集中するのではなく、胸側から音が出ているようなイメージを持つことを勧めている。
さらに「もっと強い音を出そう」と大量の空気を取り込むのではなく、吸う量そのものを減らすことも指摘している。
大きな音=大量の空気ではないという考え方が、この動画では何度も登場する。
「Red Goliath」ではコーラス部分をインヘイルで歌っている
単純な音を出せるようになった後、次の課題になるのが「言葉」だ。
Oliverによれば、インヘイルで言葉を発音することはさらに難しい。
一方で、既に発音を知っている単語を使うことで、口の中をどう変化させればよいのか理解しやすくなる可能性もあるという。例として使われるのが、Archspireの「Red Goliath」である。
Oliverは同曲のコーラスにあたる部分で、多くのインヘイルを使用していることを説明し、実際のフレーズを使って練習を行っている。
発音を明確にするためには、舌だけでなく口や頬を使って子音や母音を強調することも必要になる。つまり、インヘイルの音を出せるだけではArchspireのようなボーカルにはならない。その状態を維持しながら言葉を発音し、さらに高速な楽曲の中で使えるようにする必要がある。
「引っかき傷」のような感覚があれば問題かもしれない
実演の中でOliverは、自分がインヘイルを行っている際、「喉にスクラッチ感がない」と説明している。
もし引っかくような違和感があれば、それは良くない状態かもしれないという認識を示している。
また本人は蒸気を吸うことも好んでおり、痰などがあるとインヘイルの空気の流れを邪魔して、喉がざらつくような状態になることがあると話している。
ただし、これはOliver自身の経験と発声方法についての説明であり、医学的な安全基準を示しているものではない。
インヘイルを含むエクストリーム・ボーカルは身体を楽器として使うため、痛みや強い違和感が出た状態で無理に続けるべきではないだろう。
横隔膜が震えるほど頑張るより、まず「楽に出せる状態」を探す
練習を続けると、挑戦者は次第に高いスクリーチのような音を安定して出せるようになっていく。一方で、横隔膜が震えるほど身体を使っている場面もある。
Oliverは、まだ新しい発声を覚えているため身体に緊張が残っていると分析する。
同じ動作を繰り返し、構造を理解していけば、徐々に余計な力が抜けて安定したピッチを維持できるようになるという。ある音域へ入ることができれば、その後は舌を動かして音色を変化させる。
最終的にはギターで音を出すときのように、毎回「正しい場所に入れるだろうか」と考えなくても、身体がその感覚を覚えることを目指す。
Oliverが何度も繰り返した最大のポイントは「リラックス」
動画全体を通して、最も繰り返されている考えは技術名ではない。
「リラックスすること」だ。
Oliverは、緊張や不安がボーカルへ直接影響すると話している。身体そのものが楽器である以上、精神的な状態から完全に切り離すことは難しい。自宅では完璧にできることでも、ステージで緊張すれば同じように再現できないこともある。
そのため、自宅で練習するときから可能な限りリラックスした状態を作り、その感覚を身体に覚えさせることが重要になる。
ライブ中は「歌詞を覚える」のではなく、頭の中で映像にする
動画後半では発声技術から、ライブでのメンタルコントロールへ話が広がる。
Oliverが自身の歌詞を覚える際に使っている方法も興味深い。単語を順番に暗記するのではなく、歌詞から頭の中に風景や物語を作る。
本を読んでいるときに場面を想像するように、自分が歌っている内容を映画のような映像として頭の中で再生するという。そうすることで、「次の単語は何だ」「観客からどう見られている」と考える必要が少なくなり、歌詞の世界そのものへ集中できる。
結果的に緊張からも距離を置き、ボーカルをリラックスさせやすくなるという。
Oliverはこれを、俳優が台詞を単なる単語の羅列として覚えるのではなく、その場面で実際に起きている出来事として理解する方法に近いものとして説明している。歌詞を「記憶」ではなく、架空の経験として頭の中に作る。
Archspireほど情報量の多い高速ボーカルをライブで再現するうえでは、発声だけでなく、こうした記憶と集中の方法も重要になっているようだ。
Archspireの異常なボーカルは「力」だけで作られているわけではない
Archspireの音楽を初めて聴けば、Oliver Rae Aleronのボーカルはとにかく速く、激しく、身体へ大きな負荷をかけているように聞こえる。
しかし今回の解説から見えてくる考え方は、それとは少し違う。
強く吸い込まない。
喉を固めない。
必要以上の空気を使わない。
舌の位置によって音程を変える。
そして何よりリラックスする。
もちろん、数分の解説を見ただけでArchspireのボーカルを再現できるわけではない。Oliver自身も、練習によって身体が音の場所を覚えていく必要があると説明している。
エクスヘイルとインヘイル、サーキュラー・ブリージング、口腔内での細かな音色操作、そして高速な歌詞を処理するためのメンタル・イメージ。
一見すると力任せに聞こえるArchspireのボーカルは、実際には「どれだけ無駄な力を抜けるか」という考え方によって支えられていることが分かる映像となっている。
※本記事は動画内でOliver Rae Aleron本人が紹介した発声方法と経験を整理したものです。インヘイルを含むエクストリーム・ボーカルの安全性を医学的に保証するものではありません。発声時に痛みや強い違和感がある場合は無理に続けないよう注意してください。
参照元動画
「Archspire’s vocalist teaches me his insane inhale technique」