
SpiritboxのCourtney LaPlanteについて語るとき、どうしても最初に注目されるのはクリーンとスクリームを自在に行き来する圧倒的なレンジだろう。しかし彼女の歌唱を細かく聴いていくと、本当に優れているのは「どれだけ高い声を出せるか」「どれだけ凶悪なスクリームを出せるか」といった分かりやすい部分だけではない。
Spiritboxが公開した「Keep Sweet」のワンテイク・パフォーマンスを、Kardavox AcademyのMarkとボーカルコーチのVeronnaが分析する動画「Does Courtney have the best one takes? – Spiritbox “keep sweet” Vocal Analysis」では、Courtneyの強みとして何度も「subtlety=繊細さ」が挙げられている。
胸声を中心にした力強い歌唱、そこから自然に変化する声色、必要以上に音を動かさないメロディ、スクリームへ入る際の声のポジション、そしてバックの演奏に合わせて自分の存在感を細かく変えていくコントロール。Spiritboxの音楽が複雑でありながら、不思議なほど自然に耳へ入ってくる理由の一端が、Courtneyのボーカルから見えてくる。
高音を連発しなくても強い――Courtneyのクリーンを支える声のコントロール
分析の冒頭でMarkが注目しているのが、「Keep Sweet」が強いチェスト・ボイスの可能性を非常によく示しているという点だ。ボーカルを学び始めた人は、明るい声や高い音を聞くとすぐにヘッド・ボイスだと考えがちだが、Courtneyは胸声を主体にしたまま声の明るさ、質感、強さを大きく変化させているという。Veronnaも、ヴァースでは中高域付近を動きながら時折ヘッド側へ軽くフリップするような動きを使い、その移行が非常に滑らかだと指摘している。
ここで重要なのは、Courtneyが常に最大出力で歌っているわけではないことだ。同じチェスト・ボイスでも柔らかく響かせることもできれば、より前へ押し出して大きな存在感を作ることもできる。音程だけで声を変えているのではなく、音色、空気の量、声の密度を細かく調整しながら、同じレンジの中に複数の表情を作っている。
後半でMarkは、この特徴をより分かりやすく「光のオン/オフ」のような極端な変化ではなく、「壁に揺れる葉の影」のような変化だと表現している。明るい声から突然暗い声へ切り替えるのではなく、その間にある数多くの濃淡を使っているということだ。VeronnaもCourtneyのアルト寄りの丸みを帯びたトーンを評価し、チェストの中にもわずかな傾きを持たせることで、柔らかさから力強さまで幅広く行き来できていると分析する。
派手なロングトーンや大きなランを連発するタイプではない。それでも耳を奪われるのは、一つ一つの音の表情を極めて細かく作り分けているからだ。
VeronnaがCourtneyを評した「smart singer」という言葉は、その特徴をかなり端的に表している。
スクリームも“特殊な技”として孤立していない
Courtneyの代名詞でもあるスクリームについても、Markは興味深い見方をしている。「Keep Sweet」で使われているスクリーム自体は、デスコアで聞かれるような極端な特殊発声とは異なり、構造としては比較的シンプルなところから発展させられるものだという。しかし、同じような発声を使うボーカリストが多く存在する中で、Courtneyはその音を「Courtney LaPlanteの声」として成立させている。
Markが特に評価するのは、滑らかすぎず、かといって過剰にザラつかせすぎないバランスだ。「aggressive but not abrasive」と説明しており、攻撃性はあるのに、耳を押し潰すような粗さだけにはならない。その中間地点を安定して維持できることが、彼女のスクリームを特徴的にしているという。
さらに後半では、歪みそのものだけではなく、その下にある通常の声がどのような状態になっているかという話へ進む。MarkとVeronnaは、Courtneyが低い声のまま上へ歪みを乗せているのではなく、かなり高い位置のチェスト/ミックス寄りの状態を土台としていると分析。それによって上に重なる歪みの響き方まで変わると説明している。
つまりスクリームを一つの独立した「エフェクト」として考えるのではなく、通常の歌声と同じように、下にある声の形、声色、空気圧など複数の要素が重なった結果として捉えている。
これはCourtneyのクリーンとスクリームが、曲の中で不自然に分離して聞こえない理由の一つでもあるだろう。クリーンから突然「別の声」に切り替わるのではなく、同じ楽器の音色が変化していくように聞こえる。
Spiritboxが得意とする“わずかな変化”――ポップにもメタルにも聞こえる理由
動画でもう一つ大きなテーマになっているのが、Spiritboxそのものの作曲能力だ。
Markは彼らを「subtletyの達人」と表現している。同じような素材を使いながら、最後のわずかな音の処理を変えるだけで、それまでポップに聞こえていたフレーズを突然メタルの文脈へ着地させる。大きくジャンルを切り替えるのではなく、数音の動きや解決の仕方によって曲の印象そのものを変えてしまう。
Veronnaが注目したのは、その複雑なバックトラックの上でCourtneyがあえて一つの音程に長く留まる場面だ。伴奏側で多くのことが起きているとき、ボーカルまで大きく動けば情報量が多すぎる。そこで同じピッチの上に複数の言葉を流し込み、息の流れを途切れさせずに歌うことで、バックの動きを邪魔せずボーカルの存在感も維持しているという。
Markもこれを受け、重要なのは「どんな音を歌うか」だけではなく、楽曲全体とどのように噛み合うかだと説明する。長い時間同じ音程にいても、声の強弱、感情、リズム、演奏との関係を変えることで十分に面白くできる。
この発想は「Keep Sweet」のアレンジにも表れている。
途中ではドラムンベースを思わせる高速かつ柔らかなリズムが現れ、90年代末から2000年代初頭を思わせる電子的な質感も顔を出す。しかし、突然「ここからドラムンベース」「ここからジャズ」「ここからメタル」と切り替わるわけではない。音色やリズムが少しずつ変化し、すべてが同じ曲の中で自然に溶け合っている。
Markは料理に例え、「肉団子に後からソースをかける」のではなく、「ソースの中で一緒に煮込んでいる」ようなものだと説明している。
Spiritboxのジャンル横断性を考えるうえで、かなり分かりやすい例えだ。
“上手い”ではなく、“必要なことだけをする”という凄さ
「Keep Sweet」の後半では、明るい響きからより暗い方向へ和声感が変化し、そのまま楽曲で最もヘヴィなパートへ突入する部分にも注目が集まる。MarkとVeronnaは、このわずかなハーモニーの変化が次の展開を自然に準備していることを評価している。突然ブレイクダウンを置いて衝撃を作るのではなく、その少し前からリスナーの感覚を無意識に暗い方向へ動かしている。
そしてCourtneyの歌唱も同じ考え方で動いている。
極端なランを入れない。必要以上にレンジを見せつけない。常に最大音量で歌わない。スクリームも、ただ最も重い声を出そうとはしない。しかし必要な場面では確実に前へ出る。
動画を通してMarkが何度も評価しているのは、Courtneyが「自分の持っているものを非常に上手く使っている」ことだ。彼女の技術力を考えれば、もっと派手なことをすることもできるはずだが、曲が必要としていないならやらない。代わりに、空気の量や声色を少し変え、同じ音程の中でも表情を作り、演奏の密度に合わせて自分の存在感を調整する。
それこそが、Courtneyを単に「クリーンもスクリームもできるボーカリスト」以上の存在にしているのだろう。テクニックを持っていることと、それをいつ使うべきか知っていることは別だ。Courtney LaPlanteの場合、その後者が非常に強い。
ワンテイクだからこそ見えるCourtney LaPlanteの本当の強み
今回分析された「Keep Sweet」の映像は、CourtneyがMixWaveと共同開発したシグネチャー・ボーカル・プラグインを使用して行ったワンテイク・パフォーマンスだ。クリーンからスクリームまでを一度の流れで披露し、その声を実際の処理環境も含めて見せる内容になっている。
ただ、Kardavox Academyの分析を見ていると、この映像の面白さは単に「一発録りでもアルバムのように上手い」という部分だけではない。むしろ、普段の完成されたSpiritboxの音源では見落としやすい細かな判断が見えてくる。
どこで息を増やすのか。どこで音色を暗くするのか。どこでは声を動かさず、演奏側へスペースを渡すのか。どこからスクリームへ入り、どこで再びクリーンへ戻るのか。その選択の一つ一つが、派手ではないからこそ自然に聞こえている。
Courtneyのボーカルを語ると、強烈なスクリームと美しいクリーンという「二面性」がよく強調される。しかし「Keep Sweet」のワンテイクと今回の分析から見えてくるのは、それよりもさらに細かな部分だ。実際には二つの声しかないわけではない。その間に何十もの濃淡がある。
そしてSpiritboxの音楽も同じだ。ポップ、メタル、プログレッシブ、電子音楽といったジャンルが別々に配置されているのではなく、その境界を少しずつ動かしながら一つの曲へまとめている。Courtney LaPlanteの歌唱は、そのSpiritboxというバンドの作曲思想そのものによく似ている。
大きな変化を見せつけるのではなく、細かな変化を積み重ねた結果として、気付いたときにはまったく違う場所へ連れていかれている。
「Keep Sweet」のワンテイクがこれほど印象に残る理由は、完璧に歌えているからだけではない。何をするか以上に、何をしないかまで理解している。そのコントロールこそが、Courtney LaPlanteというボーカリストの大きな強みなのだ。
参照元動画
Kardavox Academy「Does Courtney have the best one takes? – Spiritbox “keep sweet” Vocal Analysis」