Avant-Prog。このジャンルとの初めての出会いはMABOROSHI NO SEKAIからリリースされていたBAZOOKA JOEのアルバム『PORNO AND CANDY』からだったと記憶している。「アヴァンギャルド」とか「プログレッシヴ」などという音楽ジャンルがあることを知らなかった中学生の私は、ドラムとベースだけのハードコア・デュオで、トリッキーな展開が癖になるなと思っていた。このアルバムにゲスト参加していた高円寺百景の面々をたよりに新しいアーティストを掘り下げていったことが、アヴァン・プログレッシヴへの入り口になった。この記事のイントロでこれ以上話すには長くなりすぎるので、そこからの音楽遍歴はまたの機会に……。2023年聴いていたいくつかの作品をアルバム・レビューしてみたいと思う。プログ・ジャズは全く通ってきていないので、見当違いな感想があればコメントで教えていただきたい。
ニューヨークを拠点に活動するフリー・インプロ/アヴァンギャルド・ジャズ系のベーシスト、Nick Dunstonによる本作『Skultura』は、ドイツ・ベルリンのレーベルFun In The Churchとアメリカのカセットテープ専門レーベルTripticks Tapesからの共同リリースで日本国内でもディスクユニオンなどに入ってきています 。
The Flying Luttenbachersのメンバー擁するシカゴを拠点に活動するプログレッシヴ・ジャズ/アヴァンギャルド・ロック・バンド、Lovely Little GirlsのSKiN GRAFT Recordsからの3枚目フルレングス。
オフィシャル・プレスによれば、MagmaからDead Kennedysに影響を受けているとのことだが、シカゴ・ジャズが根底に流れていながらも、奇形ハードコア・テクノPassenger of Shit的なグロテスクでゴツゴツとしたヴィジュアル・イメージを持ち、その狂気は混沌とは程遠くスタイリッシュであり、確かなグルーヴをベースにジャズ、アヴァン・プログ、ファンクからラテン、さらにはマスロック的感覚までも飲み込んでいく。貪欲さと熱気で終始汗ばんだバンド・アンサンブルにただただ身を預け、不気味な動きで無心に体を動かしたくなる、エキサイティングな作品だ。
▶︎第9位 : Ramdam Fatal 『Ramdam Fatal』
フランス・オーヴェルニュを拠点に活動するRamdam Fatalは、エレクトロニック・アヴァンギャルド/プログレッシヴ楽団”Ultra Zook”のメンバーと、クラシックの手法でスポークン・ワードを取り入れ寸劇のようなパフォーマンスを得意とする前衛音楽団体”L’Excentrale”のメンバーによるユニットで、同郷のアヴァンギャルド・レーベル「Dur et Doux」より本作でデビューを飾った。ピカソのキュビズムからの影響を感じさせるアートワークは、サウンドと非常にリンクしており、異国の儀式的なリズムとメロディが散りばめられ、クラシック、ジャズの香りもほのかに燻らせながらアヴァン・グルーヴを展開していく。
Colin Mansonの創造性の凄まじさは、彼のYouTubeチャンネルをフォローしてれば分かるだろう。毎月のように変名プロジェクトで奇怪な作品を発表し続け、時にノイズに接近したり、もはやメタルの要素を全く持たない作品も多かった。本作はタイトルから察することが出来るように前作『Hopeleptic Overtrove』に次ぐ作品で、Jason Bauersが電子ドラムとアコースティック・パーカッション、Mike Lernerがギター、Colin MarstonがWarr Guitarsを用いたタッピング・パートとシンセを担当している。
Warr Guitarsを演奏するColin
この作品をテクニカル・デスメタルといったメタル・カテゴリーでなく、今回「アヴァン・プログ」の年間ベストで紹介するのには理由がある。Behold… the Arctopusは既にメタルというカテゴリーからは脱しており、新しいフュージョンをテクニカル・デスメタルを通過したエクストリームな手法で探求している。このアルバムに対するファンの反応も非常にポジティヴで『Hopeleptic Overtrove』とは違う。「アラン・ホールズワース (UKジャズ・フュージョンの著名ギタリスト) の全ディスコグラフィの破損したデータをAIに読み込ませて作られた新種の音楽」というファンのコメントにはLIKEがびっしり付いていた。
もちろん作品を聴き進めていくと、プログレッシヴ・メタルに通ずるスペーシーなギターソロも組み込まれているが、Simons Electric Drumsによる不気味なドラミングと、Warr Guitarsの繊細でミニマルなメロディを基調とし一切のダイナミズムを排除したサウンドには、馴染んでいるようで馴染んでいない。古くからのファンへの配慮かもしれないが、今もBehold… the Arctopusを追いかけているファンはすっかり新しい世界観を楽しんでいるから気にせず独自のクリエイティヴを突き進んでほしいと思う。Colinは素晴らしい音楽家で、刺激を求めるメタル・リスナーに全く違う音楽体験を提供し続けている。彼がアヴァン・プログとテクニカル/プログ・デスの架け橋となって、さらに刺激的な音楽が誕生することを楽しみにしたい。
▶︎第5位 : ni 『Fol Naïs』
フランス東部・ブール=カン=ブレスを拠点に活動するniの4年振りとなるフル・アルバム。2018年にDur et Douxのレーベル・メイトであるPoilとのユニット”PinioL”でアルバム『Bran Coucou』を発表、着実にキャリアを積み上げてきた彼らの本作『Fol Naïs』というタイトルの意味は、古典フランス語で歴史上の支配者たちの愚者や道化師につけられた呼び名とのこと。アートワークがそうだろうか。
▶︎第4位 : Steve Lehman & Orchestre National de Jazz 『Ex Machina』
アヴァン・プログかどうかは一旦置いておいて、この作品はとても興味深かったので、このランキングに組み込んでみた。『Ex Machina』は、ニューヨークを拠点に活動するサックス奏者/作曲家のSteve Lehmanとグラミー賞にノミネートされたフランス国立ジャズ管弦楽団Orchestre National de Jazzによるコラボレーション・アルバム。
フランス現代音楽の著名作曲家であるGérard Griseyの代表作『Tempus Ex Machina』をルーツに、電子音とジャズ・オーケストラの融合を表すようなアルバム・タイトル『Ex Machina』はその名の通り、フランスの、音響/音楽の探求のための研究所として知られるIRCAMで開発されたライブのインタラムティブ・エレクトロニクスがリアルタイムで補強・変形されていくのに合わせて、Steve、ONJの面々が複雑なポリリズム・グルーヴに合わせてバランスの取れたハーモニーを生み出していくというもの (動画を是非見てほしい)。ミニマルなヴァイブスを基調としながらも、オーガニックでスリリングなジャズのアンサンブルがマシーンに溶け合っていく本作は、現代音楽のテクノロジーの最先端とアヴァン・ジャズの野生的なエネルギーが見事に融合している。「Los Angeles Imaginary」のBrutal Progのようなイントロからアヴァン・ジャズへのナチュラルな展開、「Ode to akLaff」の人間と機械がそれぞれに互いの性質へと転換して構築されたようなエクスペリメンタルな楽曲など、ジャンル問わず野心的な音楽、特にグルーヴの追求をするミュージシャンにとって多くの学びがあるだろう。もちろん、音楽作品として優れているのは言うまでもない。
▶︎第3位 : The Filibuster Saloon 『Going Off Topic』
イングランドのトラディショナル・フォークやカントリーに心酔していた今年の秋、アメリカ・ニューヨーク出身のプログレッシヴ・ロック/フォーク・バンド、The Fillbuster Saloonのデビュー・アルバム『Going Off Topic』には心奪われ、病に疲れ果てた心身を取り戻すために取り組んだリハビリ中、何度も何度も聴いた。美しく没入感があり、そこから得られる音楽を楽しむというピュアな多幸感は日々の活力になった。カンタベリー・ロックにアヴァン・プログのエナジーを組み込みながら、フュージョンのアトモスフィアがグルーヴに広がりをもたらしていく。彼らの卓越されたテクニックによって複雑に展開する楽曲への好奇心が陽気に湧き上がり続けていく、そしてそこに言葉はいらない。完璧なインスト・バンドだと思う。
スリリングでパンチの効いたタイトなグルーヴ、実験的、即興的な側面もありつつ、プログレッシヴ・ミュージックの持つ”喜び”を思い出させてくれるような『Going Off Topic』。みなぎる生命力を体感してほしい。推薦曲は「Pinball is for Truckers」。「JFK Jr.」も素晴らしい。外国文学の名著のようなアートワークもグッとくる。
▶︎第2位 : Matana Roberts 『Coin Coin Chapter Five : In The Garden』
全てのスポークン・ワードが理解が難しい抽象的なものであるわけではなく、何度も登場する「My name is your name Our name is their name We are named / We remember They forget (私の名前はあなたの名前 私たちの名前は彼らの名前 私たちは名づけられた / 私たちは覚えている 彼らは忘れる)」というフレーズやアルバムのエンディングのタイトル「…ain’t i. …your mystery is our history (あなたの謎は私たちの歴史だ)」など、強く真っ直ぐなメッセージも随所に見受けられる。