
▶︎Intro
今年は『テクニカル・デスメタル・ガイドブック』を出版することが出来ました。『ブルータルデスメタルガイドブック』の出版後、いつかテクニカル・デスメタルの本を出版するときの為に執筆を保留していた作品を改めて聴き直し、ブルータル・デスメタルをはじめとする近接ジャンルとの線引きの為にそれらの歴史も今一度おさらいしたりしながら、余裕を持って作業を進めていましたが、10年以上前から患っている難病の影響もあり、結局ギリギリでの入稿に。なんとか手術の前に全ての作業を終えましたが、詰めの作業のほとんどは入院中の病室で行い、寝静まった病棟の面会室を特別に開けてもらい、身体中に管をぶら下げながら毎晩深夜まで作業。苦しくなったら鎮痛剤を入れてもらえるし、急な発作も対応してもらえる安心感があったからか、普段よりも集中力を高めて作業が出来たので、結果的に良かったのかも、と今では思います。
『テクニカル・デスメタル・ガイドブック』はその後、無事に出版され、日本全国 (海外にも) 届けられ、大きなミスもなく、売り行きも良いようで、一安心。しばらくはデスメタルを聴く気にはならなかったですが、やはり新譜だけは追いかけたいという気持ちがあり、毎年書いている年間ベスト記事でしっかりチェック。よそに書く原稿ではないし、文字制限もない。本当にそういう感覚でのびのびと今年の下半期にかけて様々アルバムをチェックしましたが……今年はテクデス当たり年でしたね。名作ばかりで最高でした。
色々と、執筆当時の思い出が湧き上がってきてしまうので、このくらいにして、2024年のベスト・テクニカル・デスメタル・アルバムのレビューをまとめていきます。中にはプログレッシヴやアヴァンギャルドに分類されるものもありますが、それらもひっくるめています。
▶︎Fleshgod Apocalypse 『Opera』
Country : Italy
Label : Nuclear Blast
Streaming : https://fga.bfan.link/opera
2007年イタリアで結成されたシンフォニック・テクニカル・デスメタル・バンド、Fleshgod Apocalypseの前作『Veleno』以来、約5年振りとなる通算6枚目のスタジオ・アルバム。本作はボーカリストであり、ギター、ベースも兼任するバンドのブレインFrancesco Paoliが、2021年8月に登山中の滑落事故で生死の境を彷徨ったことにインスパイアされて制作されたという。
まず初めに、前作から異なるメンバーラインナップをおさらいしておこう。2010年からピアノ/オーケストレーションを担当するFrancesco Ferriniに加え、2020年からドラマーとしてPosthumous BlasphemerやBelphegor、Decapitated、Vital Remainsのライブドラマーを務めてきたEugene Ryabchenko、Hideous DivinityやDeceptionistに在籍してきた経歴を持つギタリストFabio Bartoletti、そして女性ボーカリストでソプラノ/クリーンを担当するVeronica Bordacchiniが加わり5人体制となっている。アルバムのプロデュースはPaoriとFerriniが担当し、ミックス/マスタリングはJacob Hansenが手掛けた。
ほとんど、多くのリスナーが持っているFleshgod Apocalypleのイメージからかけ離れることのない、シンフォニックなテクニカル・デスメタル・サウンドであるが、音楽的なスケールは他を圧倒する綿密さとダイナミズムを持っており、テクニカル・デスメタルという音楽が持つ魅力の一つである「忙しなさ」という部分がイタリアン・オペラの展開美というところと上手くマッチしており、その融合具合の革新性もシンフォニックを取り入れる広域のメタル・バンドの中でも突出して優れている。例を挙げてみると、「Pendulum」はメロディック・デスメタルにも近しいシンプルなサウンドで幕を開けると、テクニカルなフレーズを飾り付けていくようにして、持ち味を発揮していく。細かなリフを追いかけるピアノの旋律、呼吸する音を差し込み緊張感を高めていくアイデア、本格的なオペラのシンフォニックなメロディ、PaoliとVeronicaのシャウト、クリーン (ソプラノ) の掛け合いによって、まずで演劇のような没入感を生み出していく。特にピアノの使われ方は新鮮で、未来のシンフォニック・スタイルのメタル・シーンに多くのヒントを与えるだろう。
先行シングルとして公開されている「Morphine Waltz」もアルバムの中でキーとなる楽曲と言えるだろう。テクニカル・デスメタルのスピードの中で、幾つものクラシカルな管楽器、弦楽器が生き物のようにして存在感を示し、ドラマ性 (または演劇性) を加速させていく。いわゆる歌物とも言えるようなVeronicaのクリーン・ボーカルのインパクト、キャッチーさも素晴らしく、決してテクニックの博覧会のようなもので終わっていないことを誇示しているかのようである。
オープニングからエンディングまで一つの連なりを感じるかといえば、一つ一つの楽曲に物語があり、その詰め合わせのような作品に仕上がっていると言えるだろう。アルバムタイトルの『Opera』はややシンプルすぎるように感じるが、端的に彼らの現在地がどれほど素晴らしいかとシーンに届けるには、このほかに付けようのないタイトルなのかもしれない。
▶︎Ulcerate 『Cutting The Throat Of God』
Country : New Zealand
Label : Debemur Morti Productions
Streaming : https://ulcerate.bandcamp.com/album/cutting-the-throat-of-god
2000年に母体となるBloodwreathを結成してから24年。今では世界中にファンを持つ、ニュージーランドで最も有名なメタル・バンドとしても知られる存在へと成長したUlcerateの前作『Stare into Death and Be Still』から4年振りとなる通算7枚目のスタジオ・アルバム。本作はバンドのオリジナルメンバーでありドラマーのJamie Saint Meratがアートワーク、そしてレコーディング、ミックスを担当し、マスタリングはMagnus Lindbergが手掛けた。
彼らをテクニカル・デスメタルとすることに、ずっと抵抗があったし、『テクニカル・デスメタル・ガイドブック』にも彼らのレビューは掲載されていない。彼らはプログレッシヴやアヴァンギャルドの文脈で評価されるべき芸術性を持つバンドであり、本作も徹底的にダークで、漆黒よりも黒い世界観を聴覚的に、そしてミュージックビデオという形で視覚的にも表現し、とにかく多くの多様なメタル・リスナーから高く評価されている作品である。そんな作品をテクニカル・デスメタルの眼差しから捉えると言うことは、不可能、ナンセンスであるように感じるが、やはりそう言う視点で聴いてみると、キャリア20年を超えるベテランである彼らのテクニックには驚かされるし、その視点で聴くことも間違っていないと感じさせられる。
観る人によっては非常に耐えがたい、幻覚のようなミュージックビデオとして先に発表されたアルバムのオープニングトラック「To Flow Through Ashen Hearts」は、柔らかく儚げなメロディと共にゆっくりとスタートし、激化していくというUlcerateとその周辺の類似スタイルを持つバンドの典型的なスタイルであるが、こうした楽曲の多くの空白には、聴こえないかのような音の連なり、破壊音などが詰め込まれている。UlcerateのブレインでもあるドラマーJamieの豊かなドラミングはプロダクションとしても素晴らしいが、そうでなかったとしても、やはりこの記事でレビューしている他のテクニカル・デスメタル・バンドには感じられない、技術以上の鳴りがある。
同じくミュージックビデオになっている「The Dawn is Hollow」も楽曲の仕組み自体は同じであり、貫かれてきたスタイルへの自信を感じる。私は今年、持病で大きな手術をしたのだが、医療麻薬の幻覚作用は本当に強烈で、そのタイミングでしか味わえない心地を、最初の手術からそれまでずっと引きずってきた、というかその時を楽しみにしていたのだが、Ulcerateのミュージックビデオに近い、物体が溶けて結合していく感覚が麻薬にはあって、このミュージックビデオらを観るたびに、あの感覚に近づく気がして妙に没入していってしまう。
これほど深く、暗い、テクニカル・デスメタルのアルバムは他にはないだろう。このジャンルで捉えるだけで収まらないポテンシャルを持つバンドであり、それは承知の上であるが、やはり今年聴いた中で、最も素晴らしいと感じた作品の一つ。
▶︎Wormed 『Omegon』
Country : Spain
Label : Season of Mist
Streaming : https://wormed.bandcamp.com/album/omegon
スペイン・マドリードを拠点に活動するテクニカル・ブルータル・デスメタル・バンドWormedの前作『Krighsu』からおよそ8年振りとなる4枚目スタジオ・アルバム。2018年にスラッシュメタル・バンドCancerに在籍するドラマーGabriel Valcázar、2021年にギタリストDaniel Valcázarが加入。5人体制となったWormedは、プロデューサーにスラッシュメタルを得意とするEkaitz Garmendiaを起用、ミックス/マスタリングはColin Marstonが担当した。また、これまでのWormed、そして本作のコンセプトの大きな源となっているアートワークは、1998年からベーシストGuillermo Garciaと共にWormedのオリジナル・メンバーとして舵を取るJose Luis Rey Sanchezによってデザインされている。これは、これまでと同じでありアートワークはWormedの音楽と同様に重要な要素である。
これまでのWormedはプログレッシヴなスタイルを大きく打ち出してきたバンドで、ブルータル・デスメタルとしても、テクニカル・デスメタルとしても評価されてきた。本作においては、Sci-Fiというキーワード、他にもCosmic Death Metalなどと形容されるスタイルへと系統した雰囲気がある。類似バンドで言えば、Blood IncantationやVektorといったところから、近しいところで言えば、Rings of Saturn、Coexistenceなども名前があがってくるだろう。これはミックス/マスタリングを担当しているColin Marstonが得意としているスタイルであり、彼はGorgutsのメンバーであり、多くのアヴァンギャルド・デスメタルでプレイするマルチ・インストゥルメンタリストでもあり、Wormedのやりたいこと、作り上げたいものに対する大きな理解があったではと考えられる。
全体的に複雑な構成が貫かれており、楽曲の要と言えるようなキラーフレーズはほとんど存在しない。それはほとんど、このスタイルのバンドに言えることかもしれないが、本作において各パートのテクニック、Sci-Fiなアレンジの新鮮さだけでも聴きごたえはある。ギターリフは、時折スラムやDjentにも接近するほどヘヴィでソリッドなものもあるが、その響き自体はブラックメタル的な感覚がある。不協和音のコードもなく、ピッキング・ハーモニクスといったものも使われていないのは、現代となっては新鮮に聴こえる。最も新しいWormedにおいて素晴らしいのは、ドラマーGabriel Valcázarのジャズに近いプレイスタイルだ。絶妙な揺れ、ノートとズレたシンバルのアクセントは、Wormedサウンドを不気味に、それこそ宇宙的に聴かせる。全体的なまとまりもあり、彼らが作りたいと目指し試行錯誤された展開の痕跡も見られ、聴くたびに面白く、発見がある。
▶︎Replacire 『The Center That Cannot Hold』
Country : United States
Label : Season of Mist
Streaming : https://orcd.co/replacirethecenterthatcannotholdpresave
マサチューセッツ州ボストンを拠点に活動するテクニカル・デスメタル中堅、Replacireの前作『Do Not Deviate』から7年振りとなるサード・アルバム。Replacireはファースト、セカンドとBrendon Flynnという素晴らしい画家がアートワークを手掛けてきたが、本作はAndrew TremblayというImperial TriumphantやPestilent Empireなどとの仕事で知られる別の画家にシフト。Andrewはもちろん素晴らしいが、Replacireの持つ世界観のうち、アートワークが占めていた要素はかなり大きいし、今回の変更は残念。
前作からの変更点としてはボーカリストがBlack Crown InitiateやThe Facelessで知られるJames Dortonに変わったことも大きい。彼の加入は、Replacireのサウンドをダンサブルにし、トリッキーなプログレッシヴ・フレーズが増加したことにも影響しているだろう。肌感覚で近いのが、2010年代にマスコア・バンドとしてブレイクし、The Facelessとも交流があっただろうArsonists Get All The Girls。彼らのような、いうなら「変態」も言うようなフレーズの組み合わせに、元来の神秘性を持たせた、一見地味にも聴こえるが実はとても新しいと言えるスタイルのサウンドで全体感が構成されている。この組み合わせのバランスは、Black Crown Initiate的であるとも言えるし、それこそOpethのようなバンドのスタイリッシュな雰囲気にも似ている。Opethも新譜を出したし、その流れでReplacireまだチェックしていない人は聴いてみると面白いだろう。本当にしつこいが、アートワーカーはBrendonが良かった……。
▶︎Gigan 『Anomalous Abstractigate Infinitessimus』
Country : United States
Label : Willowtip Records
Streaming : https://gigan.bandcamp.com/album/anomalous-abstractigate-infinitessimus
2006年フロリダ州タンパで結成され、後にシカゴへと拠点を移したアヴァンギャルド/プログレッシヴ・テクニカル・デスメタル・バンド、Giganの前作『Undulating Waves of Rainbiotic Iridescence』から7年振りとなる通算5枚目となるスタジオ・アルバム。バンド名は1972年公開の日本映画「地球攻撃命令 ゴジラ対ガイガン」から名付けられた。これだけ聞くとやはり、ぜひ日本でフランスのGojiraと日本で一緒にツアーしてもらいたいと思ってしまう。
さて、本作だが前作『Undulating Waves of Rainbiotic Iridescence』と同じラインナップで制作されており、アートワークもほとんど同じコンセプト。サウンドもほとんどぶれていない。初期のGiganに比べると、この2作でGiganは完璧にGigan固有のスタイルを完成させ、それを強烈に表現していると言えるだろう。アヴァンギャルドさは単に忙しなく、トリッキーであるだけでは成立しないし、エクスペリメンタルな不協和音も、あちこちに散りばめるだけではまとまりのない、退屈なアルバムになってしまう。Giganはテクニカル・デスメタルであり、プログレッシヴでアヴァンギャルドなスタイルを、どのようにして組み込むかと言うところへの情熱を加速させ、構造的に分かりやすい不協和音の導入、ドラミングの強度の揺さぶり、全体的なバランス感覚と芸術的な感性を磨き続けているように感じる。中でもオープニングを飾る8分越えの楽曲「Trans-Dimensional Crossing of the Alta-Tenuis」で感じられるGiganの魅力は全編に貫かれている。『テクニカル・デスメタル・ガイドブック』では彼らについては触れなかったが、彼らのプログレッシヴでアヴァンギャルドなスタイルにおける光り輝く才能はまた別の形で書きたいと思う。
▶︎Vale Of Pnath 『Between The Worlds Of Life And Death』
Country : United States
Label : Willowtip Records
Streaming : https://valeofpnath.bandcamp.com/album/between-the-worlds-of-life-and-death
2006年からコロラド州デンバーを拠点に活動するプログレッシヴ/テクニカル・デスメタル・バンドVale Of Pnathの前作『II』以来、8年振りの新作となるサード・アルバム。バンドのブレインであるギタリストVance Valenzuela以外のメンバーが代わり、本作にはVanceと共にAbigail Williamsで活躍したボーカリストKen Sorceron、ドラマーGabe Seeberが加入している。アルバムの制作ラインナップにはクレジットされていないが、ベーシストとしてAnthrocideのAustin Rollaも加入しており4人体制となっている。アルバムではKenがベースを兼任、プロデュースからミックス/マスタリングまでを手掛けている。
重厚なオーケストレーションをまとい、スタイリッシュに引き締まったサウンド・プロダクションは、Willowtip Recordsに相応しい、テクニックとプログレッシヴさが感じられる。ミュージックビデオにもなっており先行シングルとして発表された「Soul Offering」からは、彼らがAbigail Williamsのメンバーであることを思い起こさせるようなシンフォニック/ブラッケンドなオーケストレーションをふんだんにまとい、Lorna ShoreやWorm Shepherdといった現代ブラッケンド・デスコアにも近いブレイクダウンも搭載した、ハイブリッドな楽曲に仕上がっている。しかし、デスコアではなく、メロディック・デスメタルに近い雰囲気がある。これがまた面白い。
アルバム収録の他の楽曲は「Soul Suffering」ほどキャッチーではないにしても、ところどころツボをついてくるフックがたっぷりと組み込まれており、とても聴きやすい。Lorna Shoreなどから更に深いブラッケンド・スタイルのデスメタルに興味を持っている人、またはFleshgod Apocalypseなどからシンフォニック/エピック・メタルといったシーンから、デスメタルに興味を持った人達におすすめしたくなる、中庸的なサウンドが、痒いところに手が届くような、そんなアルバムである。
▶︎Deivos 『Apophenia』
Country : Poland
Label : Selfmadegod Records
Streaming : https://deivos.bandcamp.com/album/apophenia
ポーランドのテクニカル・デスメタル重鎮、Deivosの前作『Casus Belli』以来、5年振りとなる通算7枚目のフルアルバム。2024年5月に出版した自著『テクニカル・デスメタル・ガイドブック』の執筆において、私自身Deivosの魅力に取り憑かれ、すべてのアルバムのレビューを掲載し、インタビューもしたかったがページ数の都合により実現しなかった。
彼らに関しては、ここが他のどのバンドよりも優れている、といったところではなく、やはりテクニカル・デスメタルとしての純粋な輝き、エネルギーがアルバムを通じて溢れているところに好感が持てる。1997年の結成から一度も活動ペースを落とすこともなく、非常に計画的にリリースを続けているし、唯一のオリジナル・メンバーであるTomasz Kołcońも毎回何かアップデートするでなく、トレンドに流されるでもなく、自身のテクニカル・デスメタルを追求し続けている。アルバムごとに明確なコンセプトを打ち出しているわけでなく、淡々と創作し続ける姿勢に魅了されている。アルバムのアートワークが毎回似たようなものが多いのも、逆に良い。
「My Sacrifice」のようにパーカッションを取り入れた (と言っても本当に少し) 実験的なフレーズはあるものの、基本的には全球ストレート、ど真ん中。Morbid Angel的とも言える。中には古臭いと感じるリスナーも多いかもしれないが、これが本当に良質なテクニカル・デスメタルなのだと思ってもらいたい。
▶︎Cognitive 『Abhorrence』
Country : United States
Label : Metal Blade Records
Streaming : https://www.metalblade.com/cognitive/
これまでUnique Leader Records に所属していたニュージャージー出身のCognitiveが名門Metal Blade Recordsと契約を発表してから初めてリリースするアルバムは、前作『Malevolent Thoughts of a Hastened Extinction』から3年振りとなる通算5枚目フルレングス。Cognitiveの評価がこれほど高まってきているとは驚きで、Unique Leader Records からMetal Blade Recordsへと移籍するルートはこれまでもあったと思うが、大出世と言えるだろう。前作からメンバーチェンジもなく、レコーディング/ミックスはドラマーのAJ Vianaが手掛け、マスタリングはBart Williamsが担当した。
『Malevolent Thoughts of a Hastened Extinction』のツアー中にはすでに本作の制作をスタートさせ、前作とは違うリフをとにかく書き続けたと言う。AJはドラマーとしての他に、レコーディングエンジニアとしての顔も持っており、HathなどMetal Blade Recordsと共に仕事をする機会もあったそうで、今回のMetal Blade Recordsとの契約は、そうしたAJのエンジニアとしての経験も大いに役立っただろう。
デスメタルのダイナミズムをソリッドに、クリアに打ち出すCognitiveサウンドの要はドラムであり、ギターであり、そしてボーカルでもある。ド派手な転調はないが、じわじわとボルテージを上げながら、火花を上げるようなギターソロを組み込んだサウンドは、やはりアンダーグラウンド・レベルではないと言える。アルバムのタイトルトラックでありミュージックビデオにもなっている「Abhorrence」は非常に優れた楽曲で耳馴染みの良いプロダクションがクセになる。
▶︎Carnophage 『Matter Of A Darker Nature』
Country : Turkey
Label : Transcending Obscurity Records
Streaming : https://carnophage.bandcamp.com/album/matter-of-a-darker-nature
2006年からトルコ・アンカラで活動を続けるベテラン、Carnophageの前作『Monument』から8年振りとなるサード・アルバム。この『Monument』がリリースされた2016年に『ブルータルデスメタルガイドブック』を出版したこともあって、あれから8年という時間が経過したことに対する驚きと、彼らが8年と言う間隔でアルバムのリリースを続けていることのシンクロニシティ、共時性に驚きながら、特別な感覚でレビューを書いてみようと思う。
本作のミックス/マスタリングはAlexander Borovykhが担当、彼は近年本当に精力的にブルータル・デスメタル・シーンのあらゆる作品に参加し、デスメタルのオーガニックな重さ、残忍さを大切にした仕事で評価されている。Carnophageのサウンド、特にギターリフのすりつぶされるような音は素晴らしいし、その全体に覆い被さってくるような迫力の中で鮮明にテクニックがわかるドラムのプロダクションも素晴らしい。ダイナミズムを求めるが故に、多くのレイヤーが重ねられる現代の音楽の中で、こういう感覚もまた素晴らしいのだと感じさせてくれる。
アルバムの中でも最も印象的だった楽曲は「Matter Of A Darker Nature」。楽曲構成、中途に差し込まれるクリーントーンのフレーズやベースラインの働きによって魅力を何倍にも放つメロディが心地良い。思わずデスメタルを聴いていることを忘れるような、不思議な感覚がある。Carnophageはこれまで大きなスタイルチェンジを続けてきたバンドではないし、今後もそのような変化には挑戦しないだろうが、そういうバンドの良さと言うのは、こういう形であっても伝えていきたいと思う。
▶︎Malignancy 『…Discontinued』
Country : United States
Label : Willowtip Records
Streaming : https://malignancy.bandcamp.com/album/discontinued
1992年ニューヨークで結成されたテクニカル・ブルータル・デスメタルの重鎮、Malignancyの前作『Intrauterine Cannibalism』から5年振りとなる通算5枚目のスタジオ・アルバム。1999年のデビュー・アルバム『Intrauterine Cannibalism』のアートワークに登場した胎内の赤ん坊は、一時期アルバムアートワークから姿を消したが、前作と本作に再び登場している。これをテーマに30年以上楽曲を書き続けることが出来ると言うのが、恐ろしいと思う。そして、これがいくつかのアルバムに渡って貫かれていることに気付いてしまうことにも、なんとも言えない気持ちになる。
本作はオリジナル・メンバーのDanny Nelson、1995年から在籍するギタリストRon Kachnic、2004年から在籍するドラマーMike Hellerの3名と、ゲスト・ベーシストとしてDefeated SanityのJacob Schmidtがレコーディングに参加している。このJacobの参加が本作において非常にポイントで、彼のプレイによってMalignancyが30年以上に渡って鳴らし続けてきたグルーヴに新たな息吹をもたらしている。Mikeのドラミングも細やかなフレーズを随所に差し込み、うねるベースラインと相互に作用しながらMalignancyの世界観を作り出していく。荒っぽいリフと変わらないDannyのガテラルも力強く迫力満点。