アヴァンギャルド・プログレッシヴ・ジャズ 2023年の名盤 TOP10

Avant-Prog。このジャンルとの初めての出会いはMABOROSHI NO SEKAIからリリースされていたBAZOOKA JOEのアルバム『PORNO AND CANDY』からだったと記憶している。「アヴァンギャルド」とか「プログレッシヴ」などという音楽ジャンルがあることを知らなかった中学生の私は、ドラムとベースだけのハードコア・デュオで、トリッキーな展開が癖になるなと思っていた。このアルバムにゲスト参加していた高円寺百景の面々をたよりに新しいアーティストを掘り下げていったことが、アヴァン・プログレッシヴへの入り口になった。この記事のイントロでこれ以上話すには長くなりすぎるので、そこからの音楽遍歴はまたの機会に……。2023年聴いていたいくつかの作品をアルバム・レビューしてみたいと思う。プログ・ジャズは全く通ってきていないので、見当違いな感想があればコメントで教えていただきたい。

基本的にBandcampを中心にAvan-Progのタグを頼りに様々な作品を聴いた。ただ、普段追いかけているメタルやパンクとは違い、その歴史や重要人物について、全く分かっていない。完全なる無知だ。しいて言えば、吉田達也さん関連だけは追いかけ続けている、といった具合。ですので、プログ・ジャズ・リスナーの方がこのリストを見たら、どう思うだろう。


▶︎第11位 : Nick Dunston 『Skultura』

どうしても10枚に絞れなかったので、11枚という中途半端な数になってしまった。消そうかと思ったが勿体無いので全て掲載しようと思う。

ニューヨークを拠点に活動するフリー・インプロ/アヴァンギャルド・ジャズ系のベーシスト、Nick Dunstonによる本作『Skultura』は、ドイツ・ベルリンのレーベルFun In The Churchとアメリカのカセットテープ専門レーベルTripticks Tapesからの共同リリースで日本国内でもディスクユニオンなどに入ってきています

Nickが本作に呼び込んだゲスト陣も面白く、ボーカル/エフェクト/エレクトロニックを担当するCansu Tanrıkulu、シンセ奏者のLiz Kosack、アルト・サックスとクラリネット、そしてボーカルとしても参加したEldar Tsalikov、ドラマーMariá Portugal、そしてAKAI MPCを操る共同プロデューサーPetter Eldhという、一見しただけではどんな音楽を奏でる集団なのか全く想像が出来ない陣容でアヴァンギャルドな世界観をサウンド・パレットに描き出していく。冒頭の「Jane」では、Volkswhaleを彷彿とさせるような、Tardcore/Scum Music的な、取り留めのないカオスにも聴こえるが、静かに差し込まれるNickのベースや微細なアヴァンギャルド・ジャズがそれらを上品な芸術作品であることを思い出させてくれる。即興音楽をベースにしながらも、様々なサウンド・マニピュレーション・テクニックを駆使し、直感的なアイデアを丁寧にコラージュして形作られたような音楽は、他に聴いたことのない刺激的なものに仕上がっている。

この秋、オーストリアで開催された「ヴェルス・アンリミテッド・フェスティバル」のフル・ライブパフォーマンス・ビデオが公開されており、本作の直感的な部分が視覚的に楽しめる映像になっているので、気になった方は是非。

 

▶︎第10位 : Lovely Little Girls 『Effusive Supreme』

The Flying Luttenbachersのメンバー擁するシカゴを拠点に活動するプログレッシヴ・ジャズ/アヴァンギャルド・ロック・バンド、Lovely Little GirlsのSKiN GRAFT Recordsからの3枚目フルレングス。

オフィシャル・プレスによれば、MagmaからDead Kennedysに影響を受けているとのことだが、シカゴ・ジャズが根底に流れていながらも、奇形ハードコア・テクノPassenger of Shit的なグロテスクでゴツゴツとしたヴィジュアル・イメージを持ち、その狂気は混沌とは程遠くスタイリッシュであり、確かなグルーヴをベースにジャズ、アヴァン・プログ、ファンクからラテン、さらにはマスロック的感覚までも飲み込んでいく。貪欲さと熱気で終始汗ばんだバンド・アンサンブルにただただ身を預け、不気味な動きで無心に体を動かしたくなる、エキサイティングな作品だ。

 

▶︎第9位 : Ramdam Fatal 『Ramdam Fatal』

フランス・オーヴェルニュを拠点に活動するRamdam Fatalは、エレクトロニック・アヴァンギャルド/プログレッシヴ楽団”Ultra Zook”のメンバーと、クラシックの手法でスポークン・ワードを取り入れ寸劇のようなパフォーマンスを得意とする前衛音楽団体”L’Excentrale”のメンバーによるユニットで、同郷のアヴァンギャルド・レーベル「Dur et Doux」より本作でデビューを飾った。ピカソのキュビズムからの影響を感じさせるアートワークは、サウンドと非常にリンクしており、異国の儀式的なリズムとメロディが散りばめられ、クラシック、ジャズの香りもほのかに燻らせながらアヴァン・グルーヴを展開していく。

見事なのはエレクトロニックな手法がアヴァン・プログに暖かみをもたらし、オーヴェルニュの美しい村々までも想起させる収録曲「Fondamentalement trouble 」から「La diabolique」の流れには思わず没入してしまう。面白いのはこの音楽にはどこか日本のニューウェーヴ、パンク・アヴァンギャルドにも似たものが感じられるところ。フランス語の響きも心地良く、隅々まで磨き抜かれたサウンドに没入していく感覚が聴き進めていくにつれ増していく。

 

▶︎第8位 : Mendoza Hoff Revels 『Echolocation』

アヴァン・プログ・ユニット、Mendoza Hall Revelsのデビュー・アルバム。AUM FIDELITYからのリリースということもありディスクユニオンでも取り扱いがあり手に入れやすい作品。元Unnatural Waysの女性ギタリストAva MendozaとYoko Onoなど様々なアーティストの作品に参加してきたベーシストDevin Hoffを中心に結成されたユニットで、サックス奏者にJames Brandon Lewis、ドラマーChes Smithが参加した4人体制で制作された。

 

 

Ruinsや高円寺百景といったパンクを通過したアヴァン・プログが好きなら、Mendoza Hoff Revelsは要チェックだ。サックス、ギターのフリーキーなジャズの香りととにかく弾きまくるドライヴンなベースとタイトなドラミングは一聴するとアンバランスに聴こえるが、さすがは熟練のミュージシャン、卓越したアンサンブルのセンスを見せてくれる。オープニングの「Dyscalculia」のダークなパンク/ジャズ・グルーヴ、「Diablada」のぶっ飛んだギターとサックスの狂気的なメロディ、聴きごたえ抜群。

 

▶︎第7位 : Tatsuya Yoshida & Risa Takeda 『Jellyfish』

1年は365日あるが、SNSから察するにそれ以上のライブをこなしていると錯覚してしまうほど、今、日本で最もアクティヴな即興ミュージシャンであるTatsuya YoshidaとRisa Takedaの両者によるユニット”Tatsuya Yoshida & Risa Takeda”。今年はこのユニットでのツアーも全国各地で開催され、膨大なアーカイヴ音源がBandcampで販売されてきた。その中でも印象的だった『Jellyfish』は、7月27日に愛知・名古屋の徳三でライブ・レコーディングされた音源をまとめたもの。

 

 

ライブによって違うのはRisa Takedaが使用する楽器で、本公演では3台の鍵盤を使い、クラシカルなピアノの音色を軸に展開していく。あえて今、「女性らしさ」と「男性らしさ」をキーワードにこのユニットの魅力を解体した時、Risa Takedaのしなやかな鍵盤ワークと、繊細でありながら肉体的な力強さによる緩急でプログレするTatsuya Yoshidaのドラミングの見事なクロスオーバーが炸裂したこの作品は、即興音楽の遊び心とそれぞれのミュージシャンの個性、そして「女性らしさ」と「男性らしさ」が垣間見ることの出来る良作だ。

Tatsuya Yoshidaのキャリアを考えれば、老練のドラミングをもってして、アヴァン・プログレなライブ・ステージを牽引していくのが普通なのかもしれないが、このRisa Takedaの「おてんば」とも言うべき音色の躍動が時に二人のサウンド・バランスの中心になっているのは驚きだ。歳も離れたこの二人のミュージシャンのアヴァン・プログな駆け引きはリスナーにとって予測出来ない展開への好奇心を駆り立ててくれる。

『Jellyfish』だけでなく、多くの作品でその「駆け引き」を楽しむことが出来るし、ライブならではのフロアの空気感もそれぞれに違い、時にハプニング的な笑い声もそのまま収録されていて、心地良い緊張感が漂っており変なストレスが一切ない。2024年も日本全国、毎日のようにライブを続けるだろうこの二人が、アヴァン・プログをエンターテイメントでなく、生活の一部のような、文化的なものとして我々を楽しませてくれるだろう。どんなに忙しい人でも、ライブを観られるチャンスがあると思うので、気軽にライブへ足を運んでみてほしい。

 

▶︎第6位 : Behold… the Arctopus 『Interstellar Overtrove』

アヴァン・テクニカル・デスメタル・バンドGorgutsのベーシストとしての活動でも知られるColin Marstonのバンド、Behold… the Arctopus。これまでにMetal Blade Records、Black Market Activities、Willowtip Recordsと大手メタル・レーベルを渡り歩いていたバンドであるが、2020年にWillowtip Recordsからリリースしたアルバム『Hapeleptic Overtrove』からグッとアヴァンギャルド/エクスペリペンタルなスタイルへと舵を切っている。もちろんこの作品はデスメタル・シーンで賛否両論あり、「トムとジェリー」のような激しくコミカルな展開にも似た構成であったことから「トム&ジェリー・メタル」と揶揄されたりもした。

 

 

Colin Mansonの創造性の凄まじさは、彼のYouTubeチャンネルをフォローしてれば分かるだろう。毎月のように変名プロジェクトで奇怪な作品を発表し続け、時にノイズに接近したり、もはやメタルの要素を全く持たない作品も多かった。本作はタイトルから察することが出来るように前作『Hopeleptic Overtrove』に次ぐ作品で、Jason Bauersが電子ドラムとアコースティック・パーカッション、Mike Lernerがギター、Colin MarstonがWarr Guitarsを用いたタッピング・パートとシンセを担当している。

Warr Guitarsを演奏するColin

この作品をテクニカル・デスメタルといったメタル・カテゴリーでなく、今回「アヴァン・プログ」の年間ベストで紹介するのには理由がある。Behold… the Arctopusは既にメタルというカテゴリーからは脱しており、新しいフュージョンをテクニカル・デスメタルを通過したエクストリームな手法で探求している。このアルバムに対するファンの反応も非常にポジティヴで『Hopeleptic Overtrove』とは違う。「アラン・ホールズワース (UKジャズ・フュージョンの著名ギタリスト) の全ディスコグラフィの破損したデータをAIに読み込ませて作られた新種の音楽」というファンのコメントにはLIKEがびっしり付いていた。

もちろん作品を聴き進めていくと、プログレッシヴ・メタルに通ずるスペーシーなギターソロも組み込まれているが、Simons Electric Drumsによる不気味なドラミングと、Warr Guitarsの繊細でミニマルなメロディを基調とし一切のダイナミズムを排除したサウンドには、馴染んでいるようで馴染んでいない。古くからのファンへの配慮かもしれないが、今もBehold… the Arctopusを追いかけているファンはすっかり新しい世界観を楽しんでいるから気にせず独自のクリエイティヴを突き進んでほしいと思う。Colinは素晴らしい音楽家で、刺激を求めるメタル・リスナーに全く違う音楽体験を提供し続けている。彼がアヴァン・プログとテクニカル/プログ・デスの架け橋となって、さらに刺激的な音楽が誕生することを楽しみにしたい。

 

▶︎第5位 : ni 『Fol Na​ï​s』

フランス東部・ブール=カン=ブレスを拠点に活動するniの4年振りとなるフル・アルバム。2018年にDur et Douxのレーベル・メイトであるPoilとのユニット”PinioL”でアルバム『Bran Coucou』を発表、着実にキャリアを積み上げてきた彼らの本作『Fol Na​ï​s』というタイトルの意味は、古典フランス語で歴史上の支配者たちの愚者や道化師につけられた呼び名とのこと。アートワークがそうだろうか。

とにかくこの作品は、アヴァンギャルド、プログレッシヴ、というカテゴリーの中だけで語られるにはもったいないほど、メタル成分がたっぷりと詰まっている。ギタリストであるAnthony BéardとFrançois Mignotのコンビネーションは、現代のメタルコア、デスコア、ニュー・メタルコアからマスコア、テクニカル・デスメタルまで見渡しても、ここまで個性豊かで技術的にも優れているものはないかもしれない。Françoisに至ってはチェンバーロックPresentの新ギタリストとして加入したというから、向かっている方面はメタルとは違うものの、多くのメタル・ヘッズ、例えばMeshuggahやIgorrrなどが好きなら必ずチェックしたほうが良いだろう。ノイズ/エクスペリメンタルなエレメンツはクリエイターにとってフレッシュな創作のヒントになるだろう。間違いなく多くのメタル・ミュージシャン達に刺激を与える一枚。

 

▶︎第4位 : Steve Lehman & Orchestre National de Jazz 『Ex Machina』

アヴァン・プログかどうかは一旦置いておいて、この作品はとても興味深かったので、このランキングに組み込んでみた。『Ex Machina』は、ニューヨークを拠点に活動するサックス奏者/作曲家のSteve Lehmanとグラミー賞にノミネートされたフランス国立ジャズ管弦楽団Orchestre National de Jazzによるコラボレーション・アルバム。

フランス現代音楽の著名作曲家であるGérard Griseyの代表作『Tempus Ex Machina』をルーツに、電子音とジャズ・オーケストラの融合を表すようなアルバム・タイトル『Ex Machina』はその名の通り、フランスの、音響/音楽の探求のための研究所として知られるIRCAMで開発されたライブのインタラムティブ・エレクトロニクスがリアルタイムで補強・変形されていくのに合わせて、Steve、ONJの面々が複雑なポリリズム・グルーヴに合わせてバランスの取れたハーモニーを生み出していくというもの (動画を是非見てほしい)。ミニマルなヴァイブスを基調としながらも、オーガニックでスリリングなジャズのアンサンブルがマシーンに溶け合っていく本作は、現代音楽のテクノロジーの最先端とアヴァン・ジャズの野生的なエネルギーが見事に融合している。「Los Angeles Imaginary」のBrutal Progのようなイントロからアヴァン・ジャズへのナチュラルな展開、「Ode to akLaff」の人間と機械がそれぞれに互いの性質へと転換して構築されたようなエクスペリメンタルな楽曲など、ジャンル問わず野心的な音楽、特にグルーヴの追求をするミュージシャンにとって多くの学びがあるだろう。もちろん、音楽作品として優れているのは言うまでもない。

 

▶︎第3位 : The Filibuster Saloon 『Going Off Topic』

イングランドのトラディショナル・フォークやカントリーに心酔していた今年の秋、アメリカ・ニューヨーク出身のプログレッシヴ・ロック/フォーク・バンド、The Fillbuster Saloonのデビュー・アルバム『Going Off Topic』には心奪われ、病に疲れ果てた心身を取り戻すために取り組んだリハビリ中、何度も何度も聴いた。美しく没入感があり、そこから得られる音楽を楽しむというピュアな多幸感は日々の活力になった。カンタベリー・ロックにアヴァン・プログのエナジーを組み込みながら、フュージョンのアトモスフィアがグルーヴに広がりをもたらしていく。彼らの卓越されたテクニックによって複雑に展開する楽曲への好奇心が陽気に湧き上がり続けていく、そしてそこに言葉はいらない。完璧なインスト・バンドだと思う。

スリリングでパンチの効いたタイトなグルーヴ、実験的、即興的な側面もありつつ、プログレッシヴ・ミュージックの持つ”喜び”を思い出させてくれるような『Going Off Topic』。みなぎる生命力を体感してほしい。推薦曲は「Pinball is for Truckers」。「JFK Jr.」も素晴らしい。外国文学の名著のようなアートワークもグッとくる。

 

▶︎第2位 : Matana Roberts 『Coin Coin Chapter Five : In The Garden』

アメリカ・シカゴ出身の女性サックス奏者、Matana Robertsが全12章で送るアフリカ系アメリカ人の歴史を探究するシリーズ「Coin Coin」の第5章。本作は”違法な中絶の合併症で亡くなった先祖代々の女性達の物語”の語り手となることを試み、アヴァンギャルド・ジャズ、フリー・ジャズをベースにフォークのトラディショナルなメロディ、アブストラクトなシンセサイザー、ノイズから静寂までを文学的才能を感じさせるスポークン・ワードを織り交ぜ展開していく。

 

 

リプロダクティブ・ライツ (自分の身体に関することを自分自身で選択し、決められる権利) について、私たちの記憶の中で最もに新しく印象的なのは、、本作のテーマとなっているアメリカの人工妊娠中絶をめぐる問題だ。1973年から合法に認められてきたアメリカの人工妊娠中絶が再び違法になる可能性を帯びたことに対し、2022年は激しい議論が巻き起こってきた。これは日本のメディアでも取り上げられたので、かすかに記憶に残っている、または強烈に衝撃を受けた人も多いだろう。

パンク・シーンや多くのクィア・ミュージシャン達は中絶を違法とすることに反対する声を挙げた。その背景には非常に複雑な問題があるが、認められてきたリプロダクティヴ・ライツの一つを再び取り上げられてしまうことに反発することが何より女性達の他の権利を守るためにも必要であることから、音楽シーンでも積極的に取り上げられたテーマになったのかも知れない。Black Lives Matter以降のアメリカは間違いなく変わった。それは悲しい歴史を重ねてきた人種、性別的に弱い立場にあった人たちの希望になったと思う。

Matana Robertsは、本作のスポークン・ワードを自身の公式サイトで一部公開している。アルバム全体で一貫性のある、明確なメッセージを持っているわけではないようで、スポークン・ワードの内容もかすれた記憶をたぐい寄せながら、抽象的な言葉を選びコラージュされたようなものとなっている。この構築美はアートワークにも見られ、女性の目を切り貼りしたアートは本作のテーマを象徴している。さまざまな女性達の「視点 / 眼差し」から忘れ去られようとしている歴史を呼び起こし、それらにこびりついた混乱、狂気、悲鳴、絶望、怒りをサウンド・パレットの上に激しく描き出していく。

全てのスポークン・ワードが理解が難しい抽象的なものであるわけではなく、何度も登場する「My name is your name Our name is their name We are named / We remember They forget (私の名前はあなたの名前 私たちの名前は彼らの名前 私たちは名づけられた / 私たちは覚えている 彼らは忘れる)」というフレーズやアルバムのエンディングのタイトル「…ain’t i. …your mystery is our history (あなたの謎は私たちの歴史だ)」など、強く真っ直ぐなメッセージも随所に見受けられる。

Robertsは「この問題について、彼女達が解放感を得られるような形で語りたかった」と説明している。Robertsは、忘れ去られてしまいそうな家族の物語を紐解きながら、アメリカの公文書館で広範なリサーチを行い、時に強いメッセージをリスナーに打ちつけながら、卓越されたサックスの音色でがんじがらめになった女性達の混乱を解きほぐすようにしてサックスを吹き鳴らす。

モーダル・ジャズからミニマルなシンセのループ、アヴァンギャルド・ジャズの嵐が吹き荒ぶエクストリームなパートに散りばめれたフォークのエレメンツ、ノイズから静寂まで、目まぐるしく展開しながらもアヴァン・ジャズとしてスタイリッシュにまとめあげたRobertsの才能と思想は、決してアヴァン・ジャズの領域だけでなく、パンクやロックのフィールドにも届けられるべきだろう。無論、RIFF CULT読者にも届くことを祈っている。

 

▶︎第1位 : John Zorn 『Parrhesiastes』

1990年代にはニューヨークと東京とを行き来し、高円寺にアパートを借りていたこともあったという伝説のサックスフォン奏者、John Zohn (ジョン・ゾーン)。パンクやメタル、ハードコア・リスナーにとっては80年代後期〜90年代初頭のプロジェクト、Naked CityやPainkillerがあまりにも有名だが、現在も自主レーベルTzadikを運営し、70歳を迎えた今年もその創作意欲は衰えることを知らない。

キーボーディストのJohn MedeskiとBrian Marsella、ギタリストMatt Hollenberg、ドラマーKenny GrohowskiからなるChaos Magick Bandを迎え制作され、John Zornがソングライティングを担当したJohn Zorn名義での本作は、近年のJohn Zornの最高傑作の一つとして数えられる。コンテンポラリー・クラシックを軸にファンク、そして強烈なインパクトを放つメタル/ハードコアのギラついた転調のアクセントが非常に面白く、それらが決してダイナミックに、波打つように展開するのではなく、しっかりとアヴァンギャルド・ジャズとして高貴に鳴っているから驚きだ。このMattのリフの数々は、現代メタル、例えばCode Orangeなんかも通過しているように思うし、2020年代に蘇るNaked Cityといっても過言ではない (言い過ぎかもしれないが……)。John Zornが70歳でこれを作っているというのが、本当に信じられない。

 

テクニカル・デスメタル 2020年の名盤 10選

2020年にリリースされたテクニカル・デスメタルの様々な作品の中から、RIFF CULTがチョイスしたアルバムをレビューしました。気になった作品が見つけて下さい!

 

 

Deeds of Flesh – Nucleus

およそ7年振りのリリースとなった9枚目フルレングス。2018年、バンドのファウンダーであり、ブルータル・デスメタルシーンの一時代を築いてきたErik Lindmarkが死去。制作途中であった本作は、Erikと共にDeeds of Flesh黄金期に在籍したJacoby Kingston、Mike Hamiltonが復帰、リリックやボーカルのアレンジなど制作面を中心にレコーディングに携わり、現メンバーであるドラマーDarren Cesca、ギタリストCraig Peters、ベーシストIvan Munguiaの5人でErikが構想した本作を形にしていった。豪華なゲスト陣に加え、ミックス/マスタリングにZack Ohren、アートワークはRaymond Swanlandを起用し、2020年遂にリリースされた。「Odyssey」、「Alyen Scourge」そして「Onward」を除くすべての楽曲に生前Erikと親交のあったミュージシャン達がフィーチャーしている。

 

1. Odyssey
2. Alyen Scourge
3. Ascension Vortex
Feat:
Bill Robinson (Decrepit Birth)
Obie Flett (Inherit Disease, Iniquitous Deeds, Pathology)
Anthony Trapani (Odious Mortem, Severed Savior, Carnivorous)

4. Catacombs of the Monolith
Feat:
Luc Lemay (Gorguts)

5. Ethereal Ancestors
Feat:
George “Corpsegrinder” Fisher (Cannibal Corpse)

6. Nucleus
Feat:
John Gallagher (Dying Fetus)
Matt Sotelo (Decrepit Birth)

7. Races Conjoined
Feat:
Matti Way (Disgorge, Abominable Putridity, Pathology)
Frank Mullen (Suffocation)
Jon Zig (初期Deeds of Fleshのアートワーカー)

8. Terror
Feat:
Dusty Boisjolie (Severed Savior)
Robbe Kok (Arsebreed, Disavowed)

9. Onward

 

トラックリストを見るだけでも凄いが、これだけ個性的なミュージシャンが参加しているにも関わらず、すべての楽曲が間違い無くDeeds of Fleshの楽曲なのも凄い。前作『Portals to Canaan』の延長線上にあるサウンドをベースにしながら、『Path of the Weaking』、『Mark of the Legion』をリリースした90年代後期のDeeds of Fleshを彷彿とさせるクラシカルな良さもある。2000年代後半からのDeeds of Fleshサウンドの要になってきたCraigのプログレッシヴなギターフレーズはやや控えめであるが、彼らしいプレイも散見される。特に「Ethereal Ancestors」後半のギターソロはテクニカルデスメタル史上最も美しいギターソロだと思う。全曲味わい深く、間違い無く2020年を代表するテクニカルデスメタルの傑作。これからDeeds of Fleshがどのように活動していくのか、もしくはこれが事実上最後の作品なのかは分からないが、Deeds of Fleshの歴史において今後永遠に語り継がれていく作品になることは間違いない。この作品を完成させたDeeds of Fleshに関わる全てのミュージシャン、クリエイター達に感謝。

 

 

 

Beneath the Massacre – Fearmonger

前作『Incongruous』からおよそ8年振りのリリースとなった4枚目フルレングス。しばらく沈黙が続いており、復活作として大きな話題になった。Prosthetic Recordsからの移籍という事で、テクニカルデスメタル/デスコアシーンからさらに広いメタルシーンへアプローチする作風になるかと思いきや、振り切ったスピードで突進し続けるアグレッシヴなスタイルをさらに加速してきたので驚いた。

2017年に加入したドラマーAnthony BaroneはThe FacelessやWhitechapelのライブドラマーとして活躍し、近年ではAegaeonやShadow of Intentといったテクニカルデスコアシーンで活躍してきた人物。高いレベルが要求されるBeneath the Massacreのサウンドを牽引するようにしてハイスピードなブラストビートを繰り広げ続けていく。それに食らいつく、というと語弊はあるが切れ味鋭いカミソリリフと攻撃的なギターソロをプレイするChrisも凄まじい技術を持っている。

ミュージックビデオになっているリードトラック「Treacherous」はメタルコアを40倍速再生させたようなスピード感とメロディ感を兼ね備えた楽曲で、2020年2月に公開から16万回再生されている。他にも開いた口がふさがらないような超絶技巧まみれのキラートラックが多数収録されており、アルバムを聴きおえたあとの満足感は強烈。デスコアリスナーもブルデスリスナーも是非チェックしてほしい1枚。

For Fans of : Despised Icon、Thy Art is Murder、Infant Annihilator

 

 

 

Imperial Triumphant – Alphaville

前作『Vile Luxury』からおよそ2年振りのリリースとなった4枚目フルレングス。Gilead MediaからCentury Media Recordsへ移籍、いわばメタル・オーバーグラウンドでのデビュー作とも言える本作は、テクニカルともアヴァンギャルドともブラックとも言えないImperial Triumphantの世界観を確立した作品だ。そして何よりこれほど難解な作品はCentury Media Recordsからリリースされ、2020年のトップ・メタルアルバムのリストに選出されまくっているのだから凄い。

この作品のプロデューサーにはMr.BungleのTrey Spruanceが器用されており、エンジニアリング/マスタリングは同郷のColin Marstonが担当している。ゲストミュージシャンも面白く、MeshuggahのドラマーTomas Haakeが太鼓で参加、また日本人ボーカリストYoshiko OharaやWormedのボーカルPhlegetonもコーラスとして参加している。

彼らのアルバム制作風景がYouTubeで公開されているが、セッションを通じながらピアノやキーボードを導入、実験的なオーケストレーションも閃きを大事に組み込んでいる。非常に芸術的な楽曲構成であるし、そうしたアイデアも彼らが親しんできたクラシックな音楽からの影響が強いのかもしれない。

ノイズを散りばめながら不気味な緊張感を漂わせるリードトラック「Atomic Age」やどこかオリエンタルな香りが漂う「Rotted Futures」など、ひとつひとつの楽曲が独立して映画のようなスケールを持ち、『Alphaville』が構成されている。何度も聴きながら各ミュージシャンの多彩なアイデアを楽しむ事が出来る作品。強烈なヴィジュアルも高ポイントだ。

 

For Fans of : Gorguts, Ulcerate

 

 

 

Unmerciful – Wrath Encompassed

前作『Ravenous Impulse』から4年振りのリリースとなった3枚目フルレングス。Originで活躍したギタリストClint Appelhanzが中心となり、同じく元メンバーでCannibal Corpseのライブサポートも務めた経歴を持つベーシストJeremy TurnerとJustin Payne、そして本作から加入したドラマーTrynt KellyとボーカルJoshua Rileyの5人体制で制作された本作は、Originの名作アルバム『Antithesis』を彷彿とさせるOriginメンバーによるOriginクローン・サウンドだ。

ミュージックビデオにもなっているアルバムのタイトルトラック「Wrath Encompassed」はノンストップで疾走するブラストビートに絡み合うチェンソーリフと無慈悲なギターソロがボルテージを加速させていく。アルバム全体を通してダレる事なく、ひたすらに漆黒のテクニカルデスメタルの闇を切り裂きながら疾走するピュア・テクニカルデスメタルアルバム。

For Fans of : Origin

 

 

 

Behold the Arctopus – Hapeleptic Overtrove

前作『Skullgrid』から13年振りとなるセカンドアルバム。『Skullgrid』はBlack Market Activitiesからリリースされた事もあり、当時のデスコアやカオティックカードコア/グラインドコアシーンからも高く評価され、特にColin Marstonが奏でる12弦ギターのアヴァンギャルドなタッピングフレーズが話題になった。

本作からドラマーにPsyopusのJason Bauers、ギタリストにnader SadekのライブメンバーだったMike Lernerを加えたトリオ体制で制作されている。従来のテクニカルデスメタルや、Colinが得意としてきたエクスペリメンタル/アヴァンギャルドなスタイルは常軌を逸し、このアルバムはここ数年リリースされたテクニカルデスメタル作品の中でも異端なものだ。Jasonのドラミングは通常のドラムセットとは違い、ドラムパーカッションが主体。そしてColinもリフは刻まず、ひたすらにタッピングでグルーヴを生み出していく。そのサウンドはアルバムから先行公開されたシングル「Blessing In Disgust」へのファンのコメント”Tom and Jerry Metal”と形容されていたが、まさにその通り。非常に挑戦的な作品であるが、テクニカルデスメタルが日々、そのテクニックを持ってして発展していく中でも、後続を圧倒する個性を見せつけた迷作、いや名作。

For Fans of : トムとジェリー、スポンジボブ

 

 

 

Ulcerate – Stare into Death and Be Still

前作『Shrines of Paralysis』から4年振りのリリースとなる6枚目フルレングス。これまでアルバムリリースを手掛けてきたRelapse Recordsを離れ、フランスのブラックメタルレーベルから発表された本作は、ヘヴィな轟音が鳴り響くミッドテンポなブラッケンド・デスメタルであるが、それを鳴らすメンバー達の超絶技巧こそこのアルバムの一番の聴きどころだ。このアルバムをテクニカルデスメタルとして聴くとき、やはりドラマーJamieのプレイが印象的だ。彼はソングライティングからレコーディング時のエンジニアリング、ミックス/マスタリングまでを務めるスタジオミュージシャンでもあり、幻惑的なUlcerateのヴィジュアルイメージを担ってきたアートワークも手掛けている多彩な人物だ。ミッドテンポであることは、この手のドラマーにとってはいかに音数を詰め込むかというところがそのドラマーのテクニックを知るひとつになると思うが、Jamieはストップ&ゴー、というか緩急のあるテクニカル・スタイルがハイセンスだ。プログレッシヴなギタープレイと高貴にすら聴こえるベースラインすべてが折り重なり表現されるUlcerateの世界観は唯一無二だ。

 

For Fans of : Portal、Imperial Triumphant、Gigan

 

 

 

Defeated Sanity – The Sanguinary Impetus

前作『Disposal of the Dead // Dharmata』から4年振りのリリースとなった6枚目フルレングス。現在のDefeated Sanityはトリオ体制で、ObscuraのライブメンバーでもあったベーシストJacob、2016年に加入したJash、そして唯一のオリジナルメンバーでありドラムとギターを兼任するLilleの3人。アルバムリリース後のインタビューで、Lillieは94年の結成時、当時12歳だった自身が想像したテクニカルデスメタル/ブルータルデスメタルとジャズ/フュージョングルーヴの融合が本作で実現する事が出来たと話していて、これまでにリリースしたDefeated Sanityの作品の中でも一番気に入っているという。

このインタビューを聞いてから、改めてLillieのドラミングに着目して作品を聴いてみると、結成から20年以上のキャリアから繰り広げられる老練のドラミングに凄まじさを改めて感じる事が出来た。Jacobのベースラインと絶妙に絡み合いながら、グルーヴの拍を切り刻むように叩き込まれるシンバルワークは他ではあまり聴いた事がない。ジャズっぽさやフュージョンっぽさというのはあくまでグルーヴの根幹にあり、そのサウンドはアグレッシヴなテクニカルデスメタル/ブルータルデスメタルそのものだ。ぜひ彼らの超絶技巧をまたステージで味わいたい。

 

For Fans of : 初期Cryptopsy、7 H. Target、Deeds of Flesh

 

 

 

Xenobiotic – Mordrake

2018年にリリースしたデビューアルバム『Prometheus』から約2年振りに発表したセカンドアルバム。前作はUnique Leader Recordsから再発された事もあり、テクニカルデスメタル/ブルータルデスメタル・リスナーにもその名を広めたが、デスコアシーンでの人気が高い印象がある。

本作からI Shall DevourのベーシストDavid Finlay、ドラマーMikey Godwinが加入。大迫力のドラミングによってドラマ性に磨きがかかり、ブレイクダウンの破壊力は倍増。アトモスフェリックなアレンジはプログレッシヴ・メタルやブラックメタルリスナーにもリーチできるXenobioticの魅力のひとつと言えるだろう。やはりテクニカルデスメタルとして聴くと若干の物足りなさはあるものの、ブラッケンド・デスコアとテクニカルデスメタルの架け橋としての存在感という意味では重要なポジションを担うバンドになるだろうと思う。

 

For Fans of : Fallujah、Fit For An Autopsy、Lorna Shore

 

 

 

 

Edenic Past – Red Amarcord

Behold The ArctopusやGorgutsでの活動で知られるColin Marstonがギターを務めるトリオ。ベース/ドラム・プログラミングはAstomatousのNicholas McMaster、ボーカルはColin、Nicholasそれぞれをサイドプロジェクトを持つPaulo Henri Paguntalanだ。

今年、Colinの多作っぷりは凄かった。Behold The Arctopusもそうだし、Encenathrakh、Indricothereも新作を出していて、ノイズ系のプロジェクトも合わせれば、優に10枚以上はアルバムを出している。

このプロジェクトは今年Colinが携わった中でも最もピュアなテクニカルデスメタル作品で、打ち込みとはいえ、変拍子グルーヴがしっかりしていて、アヴァンギャルドな転調パートも個性的。デプレッシヴなメロディもガテラルと親和性が高く、Edenic Pastとしてのオリジナリティも確か。

 

For Fans of : Defeated Sanity, Encenathrakh

 

 

 

 

Fawn Limbs – Sleeper Vessels

Geometric Noise / Mathematical Chaosを自称するトリオ、Fawn Limbsのセカンドアルバム。ボーカル/ギターを担当するEeli Helinにはノイズもクレジットされているのがポイント。Fawn LimbsのサウンドはCar BombやFrontiererを彷彿とさせる爆速爆テク系マスコアですが、そこにThe Dillinger Escape Plan的な狂気やMeshuggah的Djentグルーヴもある。かなりヘヴィでアルバム再生してすぐに開いた口がふさがらない状態になってしまうレベル。Car Bombほどやりすぎ感もなく、しっかりとグルーヴもあり聴きやすい。テクニカルデスメタルというとしっくりこないかもしれないが、普段マスコアを聴かないリスナーもハマってしまう要素がある。

 

For Fans of : Car Bomb、Frontierer、Meshuggah