プログレッシヴ・メタルコア最前線 (2023年上半期のベスト・シングルス)

モダン・プログレッシヴ・メタルコア (Modern Progressive Metalcore) は、メタルコアの中でもプログレッシヴ・メタル/ロックの影響を持つアーティストの中で、モダンなスタイルを追求するバンドを指す。メタルコアにおけるプログレッシヴ・スタイルの導入で最も印象的なのは Djent で、Peripheryなどがトップ・バンドとして挙げられる。彼らの登場から10年以上が経ち、プログレッシヴ・メタルコアと呼ばれる音楽も日々進化し、周辺ジャンルと関わり合いながら成長し続けている。私が執筆した『Djentガイドブック』は2020年までのプログレッシヴ・メタルコアの歴史についてまとめたもので、2020年以降のフレッシュなサウンドを鳴らすバンド、または楽曲などについて「モダン・プログレッシヴ・メタルコア」として個人的にタグ付けして出版以降もウォッチし続けてきた。

この記事では、2023年1月から6月までにリリースされた多くのモダン・プログレッシヴ・メタルコアのシングル/アルバムから気になるものをピックアップして紹介する。RIFF CULTのSpotifyアカウントで「Best of Modern Progressive Metalcore 2023」というプレイリストを通じて日々ディグの結果を反映させているのでぜひチェックしてもらいたい。

2023年6月現在、40曲近い楽曲がリストインされているこのプレイリストを元に、紹介しておきたい楽曲を下記にまとめておく。さらに知りたい、聴きたいという方はぜひプレイリストをフォローし聴いていただければと思う。

 

Sailing Before The Wind 「Vanishing Figure (feat. Sean Hester of Life Itself)」

この記事で最初に紹介したいのはやはり日本が誇るプログレッシヴ・メタルコア・バンド、Sailing Before The WindがLife ItselfのSeanをフィーチャーした楽曲「Vanishing Figure」だ。彼らのトレードマークと言えるメロディック・ハードロック/プログレッシヴ・ロックを通過した流麗なギターのメロディがふんだんに盛り込まれており、近年のSailing Before The Windが新たなキーリングとして楽曲のメインに据えたボーカルのクリーン映えるサビパートも過去最高の輝きを放つ。モダンだと思うのは、メタルコアのクラシカルな魅力溢れるスタイルに挿入されるフックの効いたブレイクダウンだ。Seanがフィーチャリングしているこの強力なパートは、多くのリアクションYouTuberによって切り抜かれ拡散していったことも印象的だった。これに次ぐ楽曲でSailing Before The Windが何をするのか、非常に興味深い。

 

そして、この2023年上半期には「Sailing Before The Wind系」と呼びたくなるモダン・プログレッシヴ・メタルコアな楽曲がいくつもリリースされた。それらはSailing Before The Windから直接的な影響を受けたかどうかは分からないが、もし似ているバンドを探しているという方がいたら、下記のバンドをチェックしてみて欲しい。

最もSBTWに近いスタイルを鳴らしていたのは、カナダ・トロントを拠点に活動するFeyn Entityだ。プロデューサー/コンポーザーとして活動するK.L.によるプロジェクトとしても活動していて、これはFeyn Entity名義でのデビューEP。テーマはデジタル化されたサイバー世界における分断された社会、人間同士の距離感に対し、コロナウイルスによるロックダウン中のバンドメンバーの考えや気持ちを表現したもの。この楽曲はインストであるが、Clintn Watsをフィーチャーした「Dissolve (The Dream Is A Lie)」も素晴らしいのでぜひチェックして欲しい。

Sailing Before The Windの「Futurist」を彷彿とさせるメロディックなスタイルを得意とするアメリカ出身のIn Search of SightのEPも素晴らしく、リードトラックである「Left Behind」は特におすすめ。Spotifyの月間リスナーはまだまだ少ないが、アメリカのローカル・メタルコアの雰囲気たっぷりなので、コア・リスナーはチェックしておいても損はないと思う。

 

 

Avalanche Effect 「Manipulating Sky」

ドイツ出身のAvalanche Effectは大幅なメンバーラインナップの変更を経て、この「Manipulating Sky」を発表している。ドラマーのJannick Pohlmannを亡くし、新メンバーを迎え7人体制として動き出したAvalanche Effectの「Manipulating Sky」は、2023年上半期最も優れたモダン・プログレッシヴ・メタルコアだった。現代デスコアの影響も見え隠れするブレイクダウンはすっきりとプログレッシヴの美的感覚になぞらえて表現し、Invent AnimateやA Scent Like Wolvesを彷彿とさせる浮遊感のあるメロディをふわりと燻らせている。再び動き出した彼らの動向は逐一チェックしていくべきだろう。

 

Traveller 「Homesick」

2017年から活動を続けるドイツのプログレッシヴ・メタルコア Traveller がリリースしたEP『Imprint』はプログレッシヴ・メタルコアの何がシーンで評価されているのかを正しく理解し、自身のスタイルとして昇華することに成功したTravellerの画期的な作品だ。ここに辿り着くまでのTravellerも非常にスタイリッシュで魅力的なバンドであったが、この作品で一気に隠れていた魅力が花開いた。ミュージックビデオにもなっている「Homesick」では、Invent Animateを彷彿とさせる浮遊感溢れるメロディとピアノの音色が醸し出すドラマ性の高さに驚くだろう。エンディングは特に凄まじい。

 

 

Breakdown of Sanity 「Collapse」

 

スイスを拠点に活動しているメタルコア・バンド、Breakdown of Sanityは、ほぼ休止状態でありながら「バンドが恋しい」という理由で2020年から毎年シングルをリリースしている。本格的な復活が切望されるが、2016年のアルバム『Coexistence』以来、本格的な再開には至っていない。ただ、これらのシングルはアルバム1枚に匹敵するほどの濃密さがあり、どれもリスナーに深く印象付けるものとなっている。ずっしりと詰まった至高の刻みは全盛期の輝きのまま、全てのメタル・ヘッズをヘッドバンギングさせるバウンシーな仕上がり。流石の貫禄。

 

Everghost 「Instinct」

デトロイトからとんでもないバンド Everghost が登場。「Instinct」は彼らのデビュー・シングルで、ミュージックビデオがDreamboundから公開されている。全編に渡って流れるアンビエントなアトモスフィアと細部にまで詰め込まれたリフは新人とは思えないクオリティ。特に最後のブレイクダウンは強烈で、Invent Animate〜I Prevail辺り、さらにResolveなどまで感じられる雰囲気があり、最初聴いた時はかなり驚きました。Spotifyの月間リスナーも5000未満とまだまだこれからと言えるEverghost、今からチェックしてください。

 

 

After the Burial 「Nothing Gold」

USプログレッシヴ・メタルコアの代表的な存在であるAfter The Burialが、2019年のアルバム『Evergreen』以来となる新曲「Nothing God」と「Death Keeps Us From Living」の2曲を発表。ちょうどAfter The Burialくらいのレベルにあるメタルコア・バンドにとって、新型コロナウイルスによるパンデミックは経済的な打撃が大きかったに違いない。ライブが出来ない中オンラインで制作を続けたバンドも多いが、それは簡単なことではなかっただろう。今回の新曲についてボーカルのAnthonyは、この2曲がCOVIDのロックダウンの経験から書かれたもので、Anthony自身にとって人生で最も辛い時期に書いたものであるとコメントしている。ルーツに立ち返り、好きなものを作るとして書かれたこの楽曲はまさにAfter The Burialらしさが凝縮されており、2010年代初頭から中期にかけてプログレッシヴ・メタルコアが大きく盛り上がり始めた頃のヴァイブスを感じることが出来る。

 

As Within So Without 「Burn With The Sun」

2016年からニューヨークを拠点に活動する As Within So Without の最新シングル。このシーンを何年も追いかけているリスナーであれば、このバンド名を見ただけでそのサウンドが想像出来るかもしれない。今回公開された「Burn With The Sun」は、彼らの出世作であるアルバム『Salvation』から1年振りのニュー・シングルで、大きな期待を背負って発表された。その期待を大きく超えるこの「Burn With The Sun」は、昔のThe Word Aliveをプログレッシヴに仕立てたような耳馴染みの良いキャッチーさがあり、多くのメタルコア・リスナーが知っておくべきバンドであると思う。このシングルから次のアルバムが間違いなく素晴らしいものになることが分かるだろう。

 

 

Straight Shot Home 「Developer」

近年のメタルコア/デスコアのプロモーションに欠かせないものと言えば「リアクション動画」だ。それで爆発的なヒットになったバンドと言えば、Lorna Shoreが最も記憶に新しいだろう。私もいくつかのリアクションYouTuberをフォローして、主に彼らのショートから優れたブレイクダウンを持つバンドの最新曲に巡りあうことが出来た。個人的に最も気に入っているOhrion Reactsはチャンネル登録者数11万人を誇る、アンダーグラウンド・メタル・シーンの中ではフォロワーの多いYouTuberで彼が紹介するバンドは”当たり”が多い。そんな彼が「Architects と Dayseeker が一緒にバンド組んだらこんなサウンドになるのでは」とキャッチを付けて紹介したバンド Straight Shot Home はこの上半期何度も聴いていたバンドのひとつだ。ポスト・ハードコアのとろけるようなクリーンと相性の良いメロディアスな楽曲は、Erraにも通ずる美しさがある。バンドは自身のサウンドを「80年代のシンセポップとモダン・メタルコアの融合」と形容していて、その表現にピンときたリスナーは迷わず彼らをチェックしてほしい。

 

Soul Despair 「Crimson」

ポルトガルとアメリカを拠点に持つSoul DespairをRIFF CULTでは何度も取り上げてきた。ただ反応はイマイチで、記事へのアクセスは平均以下……。複雑な魅力を持つバンドの魅力を発信するのは非常に難しいが、彼らに関しては今季よくRIFF CULTでも取り上げていきたいと思う。彼らのサウンドにはSentinelsやOceans Ate Alaskaといったマスコアのエレメンツがスパイス程度にふんわりと漂っており、それが魅力的なクセになっている。「Crimson」はクセとなるアクセントは少ないものの、Soul Despairというバンドが目指すサウンドとして完成されており、比較的キャッチーに魅力が伝わる楽曲であると思う。この記事を読み込んでいただけている方なら間違いなくヒットすると思う。

 

 

Polaris 「INHUMANE」

2023年6月19日、PolarisのギタリストであるRyan Siewが急逝したというニュースにメタル・シーンは深い悲しみに暮れた。彼はまだ26歳で、Polarisで過ごした10年もの間、メタルコアのゲームチェンジャーとしてそのアーティスティックな才能を発揮してきた。2023年9月1日にリリースされることが決まっているアルバム『FATALISM』からの先行シングル第1弾として公開された「INHUMANE」のミュージックビデオではRyanの姿もあり、観ていると複雑な感情が込み上げてくる。モダン・メタルコアのトップを走る彼らの現在地が垣間見える「INHUMANE」ではRyanを筆頭に綿密に作り込まれたリフが織り成すグルーヴに圧倒され、その世界観が今後メタルコア・シーンに与える影響を考えると計り知れないものがあるだろう。このアルバムのリリースを待つ気持ちはどのように表現すべきか分からないが、Ryanにとって遺作となってしまった『FATALISM』がモダン・メタルコアの頂点にある作品になっていることが紛れもない事実であることを「INHUMANE」で証明した。

 

The Artificials 「Warrior Of Light」

プログレッシヴ・メタルコア/メタルのディープなディガーであれば、彼/彼女らの魅力は古くから知っているだろう。Tragic Hero Recordsから2017年にリリースしたアルバム『Heart』に収録されていた「Warrior Of Light」のリマスター・バージョンは、上半期良く聴いた楽曲の一つで『Heart』を聴きかえすきっかけにもなった。完全に独立した手法でバンド活動を続ける彼/彼女らの自由な創作にはいつも驚かされる。

 

Vanitas 「Eventum」

The Artificialsと共にチェックしてほしいのが、2022年にイングランドで結成されたばかりの女性ボーカル・プログレッシヴ・メタル/メタルコア・バンド、Vanitasだ。ミュージックビデオとして公開された「Eventum」は、シンフォニック・メタル/プログレッシヴ・メタルをベースにしながら、メタルコアのバウンシーなリフを取り入れ、広範囲のメタル・リスナーへアプローチしたキラーチューンだ。中盤から後半にかけてのドラマティックな展開は魅力的。大手、例えばNapalm Recordsなんかと契約して売り出されたらビッグ・ステージも時間の問題だと感じる。

 

 

最後に

「モダン・プログレッシヴ・メタルコア」というキーワードを持ってシーンを追いかけてみると、いくつもこのキーワードの持つ特徴に気付く。全体的なヴィジュアルイメージの統一性、楽曲タイトルやバンド名に使われる単語……。グローバルに点在する彼らを一つのジャンルやシーンにまとめて考えることは出来ないが、具体的になっていない共通する要素は他のメタルコアやデスコアに比べると分かりやすいものがあると思う。

Spotifyの月間リスナーが1万を超えるアーティストは珍しいが、決してマイナーなカテゴリーではないと思うし、広く親しまれる要素があるので、誰が筆頭になって「プログレッシヴ・メタルコア」を分かりやすく打ち出し牽引していくかが重要だと思う。また、リアクションYouTuberによって注目を集める要素もこのジャンルにはあるので、「プログレッシヴ・メタルコア系リアクションYouTuber」がかつてのレーベルやYouTubeチャンネルのような役割を果たしていくのかなとは思う。そこの力がどのくらいまで巨大なものになっていくのかは想像出来ない。何となしに、シーンとしてのまとまりはないにしても、これらを「モダン・プログレッシヴ・メタルコア」としてまとまった場所で紹介されるべきではあると思う。

今回この記事で紹介したバンドの3倍近い楽曲をRIFF CULTのSpotifyプレイリスト「Best of Modern Progressive Metalcore 2023」では紹介している (他の特集記事で別途紹介したモダン・プログレッシヴ・メタルコアもあります)。 ぜひフォローしてランダム再生したりしながら、新しいお気に入りを見つけたり、プログレッシヴ・メタルコアの現在地を感じてみてください。

 

Breakdown of Sanity : 待望の新曲「Black Smoke」リリース!

 

Breakdown of Sanity : スイスの都市ベルンを拠点に活動するメタルコアバンド、Breakdown of Sanityが新曲「Black Smoke」をリリースしました。バンドによると、新曲はアルバムの為に書かれたわけでなく、現段階で何かが決まっているわけではない様子。母国スイスはもちろん、ヨーロッパを中心に強固なファンベースを持つ彼ら、新曲の反応も良いものばかりですね!

 

Breakdown Of Sanityが復活! 新曲「Traces」をリリース。

スイス出身のBreakdown of Sanityは2017年に解散 (/活動休止)を発表してから、3年を経て復活! 新曲「Traces」を公開しました。

バンドは1週間ほど前からオフィシャルInstagramでカウントダウンを開始、何が発表されるかは公になっていませんでしたが、素晴らしい新曲が公開され、即日大きな話題となっています!